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形から入るキャンプ

  「形から入るタイプ」と言えばそれはもはやミーハーであり、何をするにしても長続きせず、金だけ浪費して結局何も得られることはないという散々なイメージを付けられがちだ。しかし、「キャンプ」という趣味の分野に至ってはある程度の形を作らなければスタートラインにすら立つこともできない、言わば大人の趣味の登竜門である。
しかし、満員電車、マナーのなってない観光客、車間距離という概念を知らないじいさんたちなどの日々のストレスの憔悴しきった私は、某通販サイトで高くない、しかし浮かれながら少し良い椅子なんかを購入し、豊かな自然と静かな環境を求めるべく友人と山へと繰り出した。

    キャンプへ頻繁に行く方々は既にご存知だろうが、キャンプ場の使用料というのはピン切りである。駐車場代さえ払えば施設は無料という場所もあれば、有名キャンプブランドと連携して管理してあるゴージャスなものなど様々だ。
本音を言えばそれはもう綺麗な場所でキャンプを楽しみたいところだったが、「初心者で形から入ったけど、ちゃんと身の程をわきまえてますよ。」という周囲へのアピールの意を込めて無料のキャンプ場へと赴いた。世間体という社会通念に縛られてばかりだと、こういったところで自分の欲を満たすことは難しい。本当の意味で自分に優しくできる人間になりたい。

    兎にも角にも、友人と2人で食材や重たいキャンプ道具一式を携えて車に乗っている時間はそれはもう楽しいものだった。キャンプ場に着くと、いい感じの木陰スポットを陣取り、レジャーシートを広げて食器を並べ、バーナーに火をつけては歓喜する。喜びの沸点が低いことほど幸せなものはない。しかし、保冷バッグから肉を取り出したところでお箸がどこにもない事に気がついた。これでは飯を食べるどころか、肉を焼くことすら難しい。私は声が震えそうなことを友人に悟らせないように、「割り箸とかって買ってあるっけ?」と尋ねた。友人が「いや〜笑」と間延びした返事をしている間に私は近辺のコンビニのチェックに取り掛かった。Googleマップでは近いもので3kmと表示されている。くねくねとした山道を降りるルートでは往復3,40分はかかるだろう。猛暑の中くらんだ視界の中で悩むエネルギーもなく、路頭に迷った私は気づくと地面を蹴って坂を駆け下りていた。汗が額の上を落ちていく頃、犬の散歩に来たであろうおば様が2人視界に入る。

    気づくと、私の口から「すいませんお箸って余ってませんか!」と言葉が出ていた。おば様たちは驚きながらも、ことの深刻さをすぐに理解してくれた。この判断の早さはAbemaTVのコメンテーターにも匹敵するだろう。キャンプ場に併設された公園で散歩させておくには勿体ない人材だ。彼女たちは私の状況に笑いながらも予備の割り箸を探してくれ、奇跡的にも二膳の割り箸の発掘に成功した。

   「形から入る」ことに恥ずかしさを感じながらも始めたキャンプだったが、振り返ってみれば形すら出来ていなかった。しかしこれこそが登竜門。簡単にこなせてしまうようでは面白くない。私はTo Doリストに「割り箸を買う」とだけ書き加えてから肉を焼いた。肉の油からでる煙が食欲を掻き立て、破裂しそうだった不安が萎んでいくのを感じた。外で焼いた肉はとてもおいしかったのであった。

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