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神須屋通信 #26

□W杯カタール大会テレビ観戦の日々(つづき)

●12月1日。ベスト16の半分が決まった。初戦サウジに負けたアルゼンチンも無事に進出。フランス、ブラジル、イングランド、オランダなど、さすがに強豪国は貫禄である。日本の運命を決める対スペイン戦は、明日の午前4時から。とても起きていられないので、録画で見ることにした。さて、明朝目覚めたら、どんな結果が待っているのか。●12月2日朝。たぶん負けているだろうと思いながら、気が進まないままに早送りで録画を見た。スペインが最初に得点していて、やっぱりと思って、さらに早送りすると、なんと日本が同点になっている。更に見ると逆転!そして、そのまま試合が終了していた。まさか、奇跡が二度も起こるなんて。その後は、テレビのワイドショーはサッカー一色。日本中が驚きと歓喜に溢れた。本当に信じられない思い。まさかまさかである。これで日本は、ドイツとスペインがいた1次リーグを堂々の1位通過!大会前に誰がこんなことを想像しただろう。

●12月3日。昨夜のW杯の結果を確認していたら、なんと、韓国がポルトガルに勝って、ベスト16に進んでいた。これで、豪州を含めて、アジア勢は3カ国もベスト16に進むことになる。史上初だろう。今大会にはアジア旋風が吹いているようだ。●12月5日。日付が変わる夜から、いよいよクロアチアとの大一番。勝てば初のベスト8だ。期待と不安が半々でテレビ観戦した。零時からだったからビデオで見ようかとも思ったが、結局、ライブで見ることにした。1-1での延長戦終了まではみたが、PK戦になったので、見るのが辛くてそこでテレビを消して寝ることにした。PK戦は抽選みたいなものだから、結果は問わない。●12月6日。朝一番に確認したら、やはり、日本は負けていた。選手は責められない。彼らはよくやった。でも、これが今の実力。ベスト8には次回挑戦というところ。

●12月7日。W杯のベスト8が出揃った。メンバーの顔ぶれを見ると、日本がここに入るにはまだ敷居が高いと感じる反面、日本とほとんどランキングが変わらないモロッコがPK戦でスペインに勝って入ったことを見ると、日本にも十分資格があったとも思える。次回W杯はぜひベスト8!次はアメリカ、カナダ、メキシコの三カ国共同開催らしい。北米大会とでも呼ぶのかな。いや、メキシコは北米か?●高校野球と同じく、W杯もベスト8が潰し合いをする準々決勝が一番面白い。12月10日。昨夜寝る前に前半だけを見た試合は、ブラジル優位の下馬評ながら、日本戦の時より更に気合が入っているモドリッチらのクロアチアがブラジルを押し気味で、これはどうなるかわからないと思いながら寝たのだが、今朝、先に起きていた家内から、クロアチアがまたもPK戦でブラジルに勝ったと聞いて、やっぱりと思った。韓国語教室に行く家内を駅まで車で送った後、さっそく、録画でブラジルvs.クロアチア戦を見た。その前に、準々決勝のもう一つの試合、アルゼンチンvs.オランダの試合のハイライトをアベマで観戦。驚いたことに、2-0でリードしていたアルゼンチンが追いつかれて、これもPK戦になっていた。勝ったのはアルゼンチン。というところで、ブラジルの試合を後半から延長線、PK戦までじっくりと見た。0-0で延長に入ってからネイマールが1点とった時点でブラジル勝利だと誰もが思ったところでクロアチアが同点ゴール、そのままPK戦という流れは、もうクロアチアのものだった。今大会優勝候補の筆頭だったブラジルが負けるとはまさか想像もしていなかったが、今大会はこんなことが何度も起こっている。クロアチアというチームの強さを改めて認識した。こんなチームと日本は互角に戦ったのだから、誇りに思っていい。ネットでも、これで日本はブラジルと同列になったというツイートがいくつも現れた。

●12月11日。昨夜は、ポルトガルvs.モロッコ戦の前半だけを見て寝た。モロッコ1点リード。朝、目覚めてみると、そのままモロッコが勝っていた。もう一試合、イングランドvs.フランスのほとんど優勝決定戦のような戦いは、2-1でフランスの勝利。これで、ベスト4が揃った。なんといっても、モロッコの躍進が特筆できる。アフリカ代表として史上初だという。アジアでは韓国がすでにベスト4を経験していて、これが日本のサッカーファンの一部の恨みの種になっているわけだが。準決勝は3日後。●12月14日。早朝に行われた準決勝、クロアチアvs.アルゼンチン戦をビデオをみた。今回のW杯では、私の事前予想はほとんど外れている。この試合もクロアチア勝利を予想していたが、結果は3-0でアルゼンチンの勝ち。意外に点差が開いた。メッシが素晴らしかったが、後は運だろう。モドリッチをはじめ、クロアチアは悪くなかったが連戦の疲れが出たんだろう。●12月15日。朝一番に、録画しておいたW杯フランスvs.モロッコ戦を見る。フランスが勝つと思っていたが、事前予想がはずれ続けているので心配していた。でも、フランス勝利。エムバペがいないと危なかった。これで、決勝はアルゼンチンvs.フランス。パリ・サンジェルマンのエース対決になる。楽しみ以外ない。

●W杯に3位決定戦は必要ないという意見に私も賛成だが、12月18日、前夜寝る前に前半だけを見た、W杯3位決定戦の後半をビデオで確認した。結局、後半には点がはいっておらず、2-1でクロアチアが勝った。今大会を通じて、すっかりモドリッチのファンになったので、この結果は喜ばしい。●12月18日は日曜日だった。夜6時から、衛星放送でいよいよ「鎌倉殿の13人」の最終回。三谷さんが大河として異例の結末だと予言した北条義時の最後がどう描かれるのか注目されていたが、たぶん、誰も想像しなかった最後になった。なんと、最後に義時に引導を渡したのは姉の北條政子。なんとも大胆な発想だが、これはこれで納得できる筋立てである。さすがに三谷幸喜。歴史に残る傑作が完結した。9時から、Netflixで「シュルプ」の後に見始めた韓国歴史ファンタジー「還魂」の2回目を見て、風呂に入って、態勢を整えてから、12時からW杯決勝をテレビ観戦。今回も前半戦だけライブで、後半は明朝、録画で見ることになる。私はフランスのエムバペのファンだが、メッシに一度も経験したことのないW杯優勝を味あわせたいという、世界中のサッカーファンの気持ちもよくわかる。だから、どちらが勝ってもいい。●12月19日。朝一番に決勝の録画をチェックした。昨夜は意外な展開で、アルゼンチンが2-0とリードして前半を終了。フランスがずっと押されていて、たぶんこのままアルゼンチンが優勝するんだろうと思って寝た。さて、その結果は。早回しで録画を見ると、なんと、フランスが得点を返している。PKを含むエムバペの2点で延長戦へ。延長後半にアルゼンチンが1点とって、さすがにこれで決まりかと思ったら、またエムバペがPKを決めて同点。そのままPK戦に突入した。そうなると、一度PK戦を経験しているアルゼンチンが強い。優勝はアルゼンチン。メッシにとって念願のW杯初優勝になった。エムバペは3点とって得点王になったので、これはこれで最高の終わり方かもしれない。フランスは前回優勝しているわけだし。いずれにしても素晴らしい決勝戦だった。このビデオは消さずに保存しておこう。というわけで、W杯カタール大会は終了。いろいろと批判の多い大会だったが、大成功だったと言えるのではないか。たくさん新設した豪華な競技場がどうなるか心配だが。(解体して隣国に移築したらどうだろう。)さあ、次は4年後だ。今度こそ、ベスト8の新しい景色を見ることができるだろうか。(年末に森保監督の続投が決まった。)

□京都南座で顔見世興行を観る

 12月7日、師走の京都で顔見世興行を見物した。この年齢になっての、生まれて初めての経験である。若い頃は、能や歌舞伎は高齢の富裕層が観るものだと思い込んでいたが、残念ながら故人になってしまった中村勘三郎などの長年の奮闘の結果、今では歌舞伎にも若いファンが増えているという事だったが、今回の顔見世の客席はやっぱり中高年が占領していたし、華やかな芸者さんや舞妓さんの姿は見かけなかった。しかし、客席ほぼ満員の盛況で、コロナ禍がようやく過去のものになりつつある事を実感した。

 私は歌舞伎通ではないし、さほどの観劇経験もないが、人生において、それなりに歌舞伎との縁があった。広告会社のサラリーマン時代、某新聞社のカルチャー・イベント企画の手伝いをしていたことがある。毎月一度、紙面で参加者を募って、著名人の話をきいたり有名店でご馳走を食べたりする企画だった。その企画は、年を追うごとに、学者のガイド付きで関西各地の史跡を探訪するというような、よりカルチャー色の強い企画に変貌していったが、変わらなかったのは、毎年年末に実施した、顔見世興行を見物する企画だった。八坂神社の裏にある老舗の中村楼の座敷で、芸能評論家の先生からその日の演しものについての解説を聞き、中村楼でつくってもらった弁当を配って参加者を南座の入口まで無事に送り込むまでが私たちの仕事だった。だから、顔見世興行中の、劇場正面の招き看板が華やかな南座の前には何度も立ったことがあるが、内部に入ったことは一度もなかった。

 同じくサラリーマン時代、歌舞伎界とのつきあいがまた生じた。ある創立20周年を迎えた金融会社のCM制作を担当したのである。私たちが提案した、当時20歳になったばかりだった、市川新之助と尾上菊之助を起用する案が採用されたのである。いうまでもなく、新之助は今年市川團十郎を襲名したあの歌舞伎俳優である。初対面の時にはずいぶんと生意気な若者だと思ったが、撮影中は実に真摯に「吉野山」を演じてくれて、見直した記憶がある。そのCM撮影が終わった夜、私たちスタッフは、松竹の好意で、東京の歌舞伎座で歌舞伎を見物することができた。確か、演し物は「菅原伝授手習鑑」の一幕だったと思う。この時の撮影が縁で、松竹とのつきあいがその後も続いて、新之助が海老蔵を襲名した時には、大阪での襲名興行のチケットを手配してもらったりした。その興行には片岡仁左衛門さんも出演していた。新海老蔵は華のある素晴らしい歌舞伎役者だが、仁左衛門の域に達するのはまだまだだなというのがその時の感想だった。まだ孝夫と名乗っていた時代から、坂東玉三郎との名コンビぶりを絶賛されていた、上方の花形役者仁左衛門さんの、私はファンだった。

 さて、今回の顔見世興行には、その片岡仁左衛門さんも出演していた。私たちが観たのは、午後二時十分開演の第二部で、演しものは「封印切」と「松浦の太鼓」だった。前者は、忠兵衛に鴈治郎、梅川が扇雀、八右衛門に愛之助、おえんが人間国宝の中村東蔵という配役。鴈治郎が忠兵衛を演じたことで、この有名な心中物語が喜劇もであったことに気づいた。かつて蜷川幸雄演出の「近松心中物語」の舞台を見た時には、忠兵衛を平幹二朗、梅川は太地喜和子が演じていて、舞台が真っ白になるような大雪の中を二人が心中へと歩いていくシーンはまさに凄絶な美しさだったのだが、今回の「封印切」舞台の鴈治郎と愛之助の掛け合いは上方漫才のようで、その時のイメージとはまったく正反対のものだったのである。いや、これはこれで良かった。仁左衛門さんが出演していたのは「松浦の太鼓」である。松浦の殿様を仁左衛門、大高源五を中村獅童が演じた。そう、初めて見たのだが、この狂言は忠臣蔵の外伝ものだった。狂言自体がとてもよく出来ている上に、仁左衛門の変幻自在の殿様ぶりが素晴らしかった。中村獅童ももちろん良かった。私たち夫婦の、生まれて初めての顔見世見物は、こうして大満足のうちに終わった。

□今月見たドラマと読んだ本

 まずドラマの話から。この一年間大いに楽しませてくれた「鎌倉殿の13人」が今月終了した。陳腐な表現だが、今は心に穴があいた気分だ。このドラマは、毎回放送終了後にtwitterのツイートが10万単位で集まる希有な作品だった。見た後、みんな誰かに感想を言いたくなるのだろう。それに加えて、NHKの関係者も多く投稿しているから、制作の裏話も知ることができて、毎週、放送の後にtwitterを眺めるのが楽しみだった。時には何十分間も読みふけったことがある。昔の大河と比較すると、公表される視聴率は決して高くない。それは、私のように衛星放送で見る人、土曜日の再放送で見る人、録画で見る人など、見方が多様化しているせいなので、私の実感では、表に出ている数字の倍は視聴率があったと思う。三谷幸喜さんの脚本が凄いし、制作スタッフも演技陣も全てが素晴らしかった。私の年齢だと、第一作の「花の生涯」からずっと大河を見ているから、同時代が舞台だった「草燃える」も当然見ているはずなのだが記憶になく、今回のドラマで初めて鎌倉時代を知った気がするほど面白かった。三谷さんには、またいつか、大河の脚本を書いてもらいたい。さて、どの時代、どの人物がいいかな。藤原不比等とか。

 というところで本の話。まずは、「鎌倉殿」つながりで、塚本邦雄「菊帝悲歌 小説後鳥羽院」を読んだ。言わずとしれた、北条義時の最大の敵、承久の乱で敗れて隠岐に流された後鳥羽上皇の物語である。前衛短歌の旗手にして、藤原定家などの古典の独創的な解釈で知られた天才歌人塚本邦雄による、小説の形をした万能の天才後鳥羽院論である。かつて読んだ、丸谷才一さんの後鳥羽論とはまた違った後鳥羽院像が面白かった。後鳥羽院こそ、長い歴代天皇の中で、最も文武の才能に恵まれた人物だったのかもしれない。その自負が、無謀な鎌倉との戦いに向かわせたのだろう。いずれにしても、承久の乱は、日本の国の形を決めた、史上最重要な事件の一つだった。「鎌倉殿の13人」はその時代を実に興味深く見事に描き尽くした。そして、この塚本さんの小説は、それを京都からの視点で描いた。面白くないはずがない。

 次は、大澤真幸+橋爪大三郎「おどろきのウクライナ」。かつて丸谷才一さんと山崎正和さんが対談の名コンビとうたわれていて、私はずっと愛読していたのだが、現在では、大澤さんと橋爪さんのコンビの、新書版で出版される一連の対談本をずっと愛読している。今回の対談集は、時節柄もあってウクライナをタイトルにしているが、話されている内容は、ロシアについてであり、それよりも更に中国についてである。何度か行われた対談の記録だし、たぶん対談後の追記もあるだろうから、内容はとても幅広く深い。いつもながら、とても勉強になった。橋爪さんは、内田樹さんに似て、いつも大胆な話をするので、内容の信憑性は別にして、とても刺激的だ。今回の対談でも、中国経済をジェネリックと形容したり、西洋社会が中国に寄生していると指摘して、中国はロシアよりずっとやっかいな存在で、我々西側とは基本的に相容れない存在なのだから、今から、デカップリングを真剣に実行すべきなのだと主張する。(橋爪さんの奥さんは中国人だから、なにか家庭内の不満があるのかもしれない。冗談だが。)それをなんとかなだめようとする大澤さんに対して、もっとはっきりしろと言う橋爪さんの言が痛快だった。でも、私の考えは大澤さんに近い。つまり、中国と縁を切る覚悟はないし、その必要もまだ感じていない。橋爪さんは、中国が台湾に侵攻してからあわてて縁を切るなら、今からその準備をしろと言っているわけなのだが。これは難しい問題だ。この対談本の後に読んだ、大澤真幸さんの「この世界の問い方」は、この橋爪さんとの対談を大澤さんの立場から整理してくれたような文章が並んでいて、頭がすっきりした。大澤さんは中国に寛容なわけではない。ただ、中国を敵視するアメリカがそもそも中国化しているのではないか、アメリカ(および西側諸国)に中国を批判する資格があるのかと問いかけているのである。大澤さんは私よりもかなり年少だが、私は尊敬している。この本を読んで、時として悲観的になりがちな世界との向かい方がちょっと前向きになったような気がする。

 また今月には、久しぶりに、Michael Connellyの新作 "DESERT STAR"を読んだ。ハリー・ボッシュとルネ・バラードのW主演の物語もこれで3作目である。ボッシュ単独の物語とはその10倍くらい長いつきあいだ。小説上の設定では私と同学年で、私生児として生まれ、若い頃にベトナム戦争に従軍した経歴を持つボッシュはもう70歳を越えている。すでに引退しているが、若い女性刑事バラードに誘われて、古巣のロサンゼルス市警の迷宮事件解決の部署にボランティアで勤めることになった。今回のボッシュとバラードの物語は読み終えてスカッとするタイプの物語ではない。その反対だ。人間の暗黒面を見せつけられて救いがない。しかも、ハリー・ボッシュは不治の(かどうかはまだわからないが)病気を抱えている。ずいぶん長いつきあいになるボッシュだが、もう先が長くないのかもしれない。そんなこともあって読後の気分は、いつも以上に暗いものだった。でも、次作が出れば、きっと急いで買って読むことだろう。ちょっと不安な気持ちを抱えながら。


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