カグラデナカル公園(2006秋、文学フリマ販売誌に投稿)
電車から降りると、襟首つかまれ地面に叩きつけられた。
あれよと言う間に目隠しされて、手首を縛られ引ったてられる。何度も転げ落ちそうになりながら、階段を降り改札を抜け、ずんずんずんずん歩かされた。ようやく目隠し歩きに慣れた頃、突然膝を後ろから蹴られ、座りこんだ。目隠しを外される。
目前には、歪んだ銀色の板と、それに映る自分の呆けた顔があった。恐る恐る周囲を見回す。そこでようやく、ここは公園で、今見えた銀色の板がすべり台の一部であることに気づく。座らされているのは、子ども用の砂場だ。
後ろから首根っこをつかまれて、ぐっと頭を持ちあげられた。視界に飛び込んできたのは、すべり台の上。
そこに、一人の人物がいた。
——断罪だ!
人物はそう叫んで、私の顔を指差した。逆光で顔は良く見えないものの、声から初老の男であることが分かる。
——お前は何故ここに連れて来られたか分かっているのか!
もちろん、こんなことをされる覚えは全くない。答えかねて、私は肩をすくめた。そのまま頭を垂れる。
砂場の表面が、陽の光できらきら輝いている。
——分からないなら、やり直しだ!
その言葉が終わるか終わらないかの内に、私は再び目隠しされ、引きずりたてられているのだった。ざりざりする道を飽きるほど行くと、また突然座らされ、目隠しを取られた。
ありふれた、コーヒーショップの店内だった。私は椅子に座らされて、目の前の小さな机には、既にコーヒーとサンドイッチのセットが準備されている。
辺りを見回すが、私をここに連れてきたらしい人物は見つからない。両脇を抱えられていたことからして、複数人はいるはずだけれど。店にいるのはカップを唇にあてて時間を潰す、男や女たちだけだ。とりあえず、私も周囲に倣うことにした。
静かな環境音楽の中、コーヒーをすすって、考える。私には、強制的に公園やコーヒーショップに連行される覚えはない。電車を降りる前のことを考えても、単に大人しく七人がけ座席の隅に座っていたことしか思いだせない。そういえば、向かいの席の男が駅員にうるさくどなりつけられていた。その言葉を聞き流そうと、興味もない仕事の資料をずっと広げていたっけ。
サンドイッチセットは美味だった。少し安堵しつつ、最後の一切れの野菜サンドを口に運ぶ。
違和感を覚えた。見ると、トマトと胡瓜の間から、黒いものが覗いている。オリーブかと思って引き抜けば、出てきたのは小さな電子基盤だった。マヨネーズのべったりついたそれを、親指と、人差し指でつまんで眺める。少なくとも食物ではない。
逡巡して、とりあえず皿の端に電子基盤を置いた。まぁ、いい。噛み切る前に気づいてよかった。
と、再び襟首つかまれて、顔面を机に叩きつけられた。抵抗する間もなく目隠しされ引きずられ、気がつけばまたあのすべり台の前。
——断罪だ!
男は叫ぶ。私は未だ癒えない鼻筋の痛みと戦っていた。無遠慮に机に叩きつけられたのだ、鼻血が出ていてもおかしくない。
——お前は何故ここに連れて来られたか分かっているのか!
舌先を唇の上にのばしてみる。やはり血の味がする。
鼻紙が背広のズボンにあるのだが、両手は後ろで締め上げられていて、手を伸ばすことが出来ない。
——分からないなら、やり直しだ!
その言葉と共に、三度(みたび)私は連行されたのだった。あまりに酷い。一体何の落度があって、私はこんな理不尽な私刑をうけねばならないのだ。
辿り着いたのは、パン屋だった。目隠しを取られると、ご丁寧なことにトレーとトングを握らされて立っていることに気づく。私は思案したものの、とりあえずパンを選ぶことにした。昼食は済ませたばかりだが、ユキちゃんに買っていってもいい。ユキちゃんが道路脇の下水でつうっと泳ぎながらあんぱんを食べる姿を想像すると、微笑ましい。
また後ろから首を捕まれることのないよう、壁を背中に、細心の注意を払ってパンを選ぶ。あんぱん、メロンパン。ウインナーロール、カレーパン。甘いにおいと香ばしい香りが混ざりあって、鼻孔をくすぐる。
トレーをパンでいっぱいにして、レジへ向かった。仕事鞄はいつの間にか消えていたが(公園に引きずられていく時に取られたか落ちたのだろう)、幾許かの小銭が背広の内ポケットに入っていたので、それで支払いを済ませる。
壁伝いに店内を横歩きに進み、出口へ向かう。出口は、手で軽くボタンを押すことによって開く自動扉だ。背中を自動扉に沿わせつつ、ボタンに手を伸ばした。
しかし、私の手が触れる前に、扉はするすると開いた。傍には、店内にも店外にも、誰もいないのだが。
まぁ、いい。自動扉などボタンに触れようが触れまいが、開けば良いのだ。それより背後に気を配り、身体の向きを変えようとすると、襟首つかまれ透明な扉に頭を叩きつけられて店内にがぁんという音が響きわたり、気を失いそうな頭に目隠しされて公園に連れて行かれた。
——断罪だ!
今度は、冷静に自分の落ち度を考えることにした。こう何度も同じ目に合わされるには、何か理由があるはずだ。
——お前は何故ここに連れて来られたか分かっているのか!
最初に、電車を降りた。次に、サンドイッチを食べた。そして、パンを買った。後者二つには食べ物が関係しているものの、それでは最初の電車が説明できない。きっかけに、意味はないのだろうか。
私は顔を上げた。逆光は大分やわらぎ、すでに辺りは赤く染まりはじめている。私は真夜中まで、この私刑を繰り返されるのだろうか。それまでに、理由位は知りたいものだが。
——分からないなら、やり直しだ!
ふと、すべり台の上の男の首筋を、後ろから何本もの腕が押さえつけているのに気づいた。
私は、少し楽しくなった。