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月と六文銭・第十八章(23)
竜攘虎搏:竜が払い(攘)、虎が殴る(搏)ということで、竜と虎が激しい戦いをすること。強大な力量を持ち、実力が伯仲する二人を示す文言として竜虎に喩えられ、力量が互角の者同士が激しい戦いを繰り広げることを竜攘虎搏と表現する。
武田は英国秘密情報部の取引をサポートする過程で、中国人スナイパー・ティーシーと予想外の対面をした。武田はティーシーと気付き、確認したが、ティーシーに自分がアルテミスだと分かったかどうかは、はっきりしなかった。
~竜攘虎搏~
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「やっぱり、金蓮のヒップ、皆、触りたがるね。
この作戦は毎回正解!
もう百発百中だね!」
ドアの陰から出てきたメイドが笑いながら陳の体にメイキング中の部屋のタオルやらを被せて見えないようにした。
「うふ、珍しく姉を立てますね、春梅!」
「いえいえ、かなり魅力的なスタイルだもん、男が放っておかないよ」
「さて、この裏切り者、どうしてやろうか?!」
「どうせ金蓮はストレスが溜まっているから、電極繋いで電気を流すとか、金づちで叩き潰すとか、爪を一枚づつ剥がすとか、メチャクチャきつい拷問をしようと考えているんでしょ?」
カートを押しながらサービスエレベーターに向かった二人だった。地階では洗濯業者のワゴンが待っていて、それにこのカートを積んで洗濯工場に行くことになっている。
もちろん、ホテルの業務日誌にはそういう予定が記されているが、このワゴンは臨時に動いているものだった。ホテルを出たら都内にある中国軍のセイフハウスに直行する予定だ。
「ストレス溜まっているからね、最近」
「金蓮って、しなくて平気なの?
瓶児は溜まるとなんか男を探しにバーとかに行ってるみたいだけど」
「瓶児はアタシよりも欲求が強いと思うよ。
恋人を置いて来ないといけなかったし、好きでもないターゲットを嵌めるために、ベッドで相手をしないといけない時もあって」
「金蓮は彼氏、いなかったの?」
「私はいなかったけど、瓶児は気の毒だったな」
「そうだね、一応、海外法人の経理ってことで来ているけど、3年間一度も帰国しないで外国勤務していたら、彼氏だって何してるかうすうす勘づくよね」
長女・瓶児は事務方の軍関係者に交際中の男性がいた。そのまま結婚するだろうと漠然と思っていたところ、日本派遣を打診され、日本でのアサインメントの内容が説明された。瓶児は結婚して、守備範囲を国内に固定しようと考えていたところ、ターゲットの中に親の仇と思われる人物「月女神」が入っていたため、結婚を延期して日本派遣の命令を受けた。香港に戻って一年間日本語を勉強し、妹二人と日本にやってきたのだ。婚約者には海外赴任が終わるまで結婚を延期してほしいと言ったが、実際に結婚は無理だろうと思っていた。
カバーである資産運用会社の契約数が伸びたのは美人且つ肌理細かい資料作りとマメな営業が功を奏したものだった。その間、日本国内にいる裏切り者(=国家反逆者)を一人一人きっちり捕獲して、本国に送り返して、或いは始末してきた業績は本部では高く評価され、そろそろ帰国となった頃、月女神のほぼ確実な情報が入って、駐在を延長して仕留めることに方針を変更していた。
月女神と呼ばれる男はグラマー好きで女遊びに興じる性格と分析されていた。ところが、瓶児はターゲットと接点がなかなか持てず、妹たちに接触を任せるしかなくなっていた。
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結局、陳恒心は中国軍のセイフハウスに到着した時点で観念したのか、あっさりと罪を認めて、英秘密情報部との連絡方法、連絡先、今日の接触相手のことをペラペラしゃべった。
金蓮はストレスを発散する間もなく、陳は再度麻酔剤を撃たれ、酸素マスクをつけて梱包され、本国宛ての荷物と一緒にされて大使館に運ばれた。そこから先は囚人扱いなのかは不明だったが、本国で処刑される予定だった。
春梅はこの男の根性のなさ、情けなさに呆れたものだが、それよりも男性に復讐したいとも思える行動を取る姉のことが気がかりだった。
見るからに苛立っていて、サディスティックな仕打ちをあの男にするつもりだったのに、何もしない内からあっさりと罪を認め、ペラペラとしゃべる様子を、苦虫を噛み潰したような顔で見ていたのだ。
<我が姉ながら時々恐ろしいことをするからなぁ。やっぱり、睾丸に電極を貼り付けて電気を流すとか、後ろから熱した棒を押し込むとか、熱湯を飲ますとかしたかったのかなぁ?あ、熱湯を飲ますと喉が火傷してしゃべれなくなるから今は原則禁止だけど、漏斗で直接胃に入れるというのは今も効果あるんだよね…。>
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春梅は金蓮が陳港生伯父様が死んだと聞かされてから、何となく荒れている、というか誰に対してか分からない怒りを持っていて、ターゲットにぶつけていると感じていた。
陳港生は妹の子達ということもあり、三姉妹を子供の頃から見守っていて、ここまで導いてくれた恩人だ。しかし、金蓮は親戚の伯父さん以上の感情を伯父様に対して持っていたのかもしれない。それがこの国で爆死したと聞いて、どこにも発散できない怒りとなって胸の中に渦巻いているようでもあった。
ずっと彼氏がいなくて、単に性欲が爆発していると思いたいが、金蓮はストイックでそこはコントロールできる人だから、変な男に引っかからずに三姉妹はこれまで任務をこなしてこれた。
しかし、今の殺人術を身に付けた姉が、変な方向に性欲を爆発させたら、抱かれた(抱いた?)男性をカマキリのように情事の後に殺してしまうなんて愚行に走るかもしれない、と春梅は心配していた。
「金蓮、大丈夫?」
「え、何が?」
「アイツ、何もしないうちから、あっさり陥落しちゃったから」
陳は男性尋問官に2、3発殴られたら、すぐにしゃべり始めたのだ。
「ほんと、あれでも男なの?!
ペラペラしゃべるというよりも、リクエストがあったから歌った歌手という感じじゃない!
しゃべらなかったら、アレ、後ろから突っ込んでやろうと思っていたのに!」
金連の目は壁に掛けてある拷問道具の中にある、何の変哲もない鉄の棒に向けられた。春梅は金蓮がそれを熱して、あの男に後ろから押し込むつもりだったと予想していたので、それには目も向けず、姉を見つめた。
「もう、それよりも、誰かアタシに突っ込んでくれないかな、硬いの!」
「部屋にある…」
「玩具じゃなくて、本物が欲しいの!」
「うわぁ、ごめんなさい!」
<うわぁ、マジ、溜まっているな、姉貴。叔父様のことは本当に好きだったにしても、まさか、連絡用の妓院で港生伯父様と関係を持ったなんてことはないよね?それで彼が死んだと聞かされ、荒れているとしたら、理解できなくはないけど…。姉貴に限ってそんなことはないとは思うけど、この荒れようは気になるよ…>
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***在東京中国大使館***
呉は扉を軽く叩き、外から部屋の持ち主に声を掛けた。
「秦大佐、陳恒心同志が到着しました」
「一緒に入って」
「はっ」
呉は扉を開け、陳を入れた後、扉を閉めながら秦大佐を見つめた。
秦と陳は肩を抱き合い、再会を喜んでいるようだった。
「久しぶりだな、2年か、いや3年か?」
「大佐、もう4年ですよ!」
「そうか、日本生活も4年か」
「はい、かなり慣れました。
意外と商売繁盛で、少し余裕ができました」
「今回はすまなかったな」
「なんのこれしき。
それにしてもあの姉妹の手際の良さ!
香港に戻すのはもったいないですな」
「もうしばらくは日本に滞在することになりそうだ。
呉から聞いたが今回は早々と白状した女々しい男の役だったそうじゃないか?」
「姉の方は私を傷めつけたくてウズウズしていて、呉尋問官が手間取っていたら、何をされたか分からないほどの殺気でした。
我々しかいなかったから良かったのですが、他人がいるところであの殺気は読まれてしまいます。
明華の李姉妹のエースなのは分かりますが、気を付けないと勘づく者がいるかもしれません」
「そうかもしれんが、私の管轄ではないのだよ、今現在」
「そうでしたね。
今回の件で、明日からしばらく商売ができないので、グアムで一週間ほどゴルフをしてきます」
「そうしてくれ。
間違っても李姉妹に出くわさないように。
説明するとなると大変だから」
「承知しました」
「呉に対して連絡事項があるから、先に部屋を出てくれないか」
「承知しました」
陳は一礼をして部屋を出た。廊下で呉が出てくるのを待つつもりだった。
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