月と六文銭・第十四章(71)
工作員・田口静香は厚生労働省での新薬承認にまつわる自殺や怪死事件を追い、時には生保営業社員の高島都に扮し、米大手製薬会社の営業社員・ネイサン・ウェインスタインに迫っていた。
田口はターゲットであるウェインスタインの上司・オイダンが日本に配置のアセット(工作員)に撃たれて無効化されたことを知った。
次はウェインスタイン本人だが、一筋縄ではいかない気がするとして、田口は自分自身がエサになって狙撃地点まで連れてこないとダメかと思い始めていた。
~ファラデーの揺り籠~(71)
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アルテミスの狙撃が成功し、ヴィンセント・オイダンは現在病院に入院中だった。彼から部下であるナイサン・ウェインスタインにどのような連絡がいっているかで、田口の作戦も変わってくる。
田口:はい。ありがとうございます。
JDC:お礼は俺にじゃなく、アルテミスに、だな。
もちろん、君が彼に会うことがあればな。
田口:会ってみたいです。
しかし、もう一回完璧な仕事をしてもらう必要がありますよね?
JDC:ああ、報酬はどうするかな…。
田口:大幅に変えると彼が何か感じるかもしれないから、これまで通り、ターゲットの重要度に合わせて設定してください。
何か異変に気が付いたら、過剰反応する可能性も考慮しないと。
JDC:俺たちをターゲットにするということか?
田口:組織に完全に歯向かうことはないとは思いますが、歯車であるアナタやアタシは変わりがいくらでもいるだろうから、始末しようとするかもしれません。
JDC:そんな愚かなことをする男とは思えないが…
田口:自分の存続、生存を最優先してきた男ですよ。
異変を感じたら、組織が彼の始末に取り組み始めたと感じる可能性があるのでは?
JDC:そうなったら必死になるか…
田口:トラックレコードを見たら、ほとんどのターゲットは音がする前に弾丸で倒されています。
JDC:ああ、確かにそうだ。
田口:つまり、こうして話している間にも彼が銃をセットアップして500メートル先のビルから私たちにゼロインしているかもしれませんよ。
JDC:ここでは無理だろう。
私は大使館の中だよ。
田口:大使館を出る時に注意してくださいね。
JDC:げ、そういうこともあるか…。
田口:彼は辛抱強くこちらが尻尾を出すまで幾らでも待つ可能性がありますが、こちらが変なことをしなければ大丈夫だと思います。
JDC:そうだな。
田口:ウェインスタインの動向が分かり次第、連絡します。
それでアルテミスに次のオファーを出してください。
JDC:ああ、そうしよう。
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田口は暗号電話を切って、考えた。今回のオイダンは直前までの行動が分かっていたからアルテミスは完璧な狙撃を実行できた。行動が予想できないウェインスタインの場合、自分が誘導しないといけない可能性が高いことに気付いていた。
<アタシを狙わせ、ウェインスタインを確保し、アタシが生き残ったら、直接お礼を言いに行こう>
ねいさん:Can I see you? I will be in Tokyo next week from Tuesday to Saturday.
(会える?来週火曜から木曜まで東京にいる。)
都🐈:Sure, looking forward.
(もちろん、楽しみだわ)
ねいさん:Got text from Vincent.
(オイダンからメッセージを貰ったよ。)
都🐈:What did he say?
(彼は何と?)
ねいさん:Talk with you when I get there.
(そっちについたら話す。)
都🐈:OK.
(了解、ありがとう。)
田口はすぐに連絡要員JDCに電話を架けた。
田口:モシモシ、こちらの回線はクリアですか?
JDC:この電話は大丈夫だ。
音声がはっきり聞こえるよ。
田口:ありがとうございます、雑音はないってことですね?
JDC:ああ、雑音はない。
田口:ありがとうございます。
ウェインスタインの来日予定が判明しました。
来週の火曜日から土曜日まで日本に滞在します。
JDC:了解、本部経由でアセットに依頼を出そう。
田口:お願いします。
JDC:で、あの籠を使うには?
田口:私が同乗している時に狙わせるしかないと思うわ。
JDC:分かった。
その覚悟ができているのだな?
田口:アルテミスなら不可能を可能にしてくれると思うので、私が直接エサになります。
***
夕方の便でネイサン・ウェインスタインは成田空港に到着し、都内・六本木のホテルに22時過ぎに到着した。
ねいさん:Hi, reached Tokyo. How about tomorrow night?
(東京に到着したよ。明晩、会えるか?)
都🐈:Sure, looking forward.
(もちろん、楽しみだわ)
ねいさん:Not in this hotel this time?
(今回はこのホテルじゃないの?)
都🐈:Budget issue.
(予算の関係で)
ねいさん:Roppongi?
(六本木?)
都🐈:No, in Shinagawa.
(いや、品川よ)
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田口はウェインスタインに品川のホテルに投宿していると伝えたが、実際には六本木の別のホテルに部屋を取っていた。
幹線道路の反対側にあるこのホテルからウェインスタインがいるホテルが見えるし、3フロア上の部屋にいる新しいオペレーショナル・パートナーが彼の部屋を監視していた。
田口は再び高島都になるため、マウスピース、化粧、ウィッグ、ワイヤ入りブラ、ワイヤ入りガーターベルト、簪を髪に挿した。今回はブラウスにフレア・スカートという柔らかいイメージにして、ウェインスタインの宿泊しているホテルに向かった。前回も行った最上階のレストランで鉄板焼きを食べようと提案されていたのだ。
エレベーターの扉が開いたら、既にウェインスタインが立っていた。
「ネイサン、お久しぶり!」
「久しぶりだね、ミヤコ!」
二人で抱き合い、頬へのキスを交わし、鉄板焼きの席に向かった。
「ここも久しぶりよね!」
「そうだね」
高島都とネイサン・ウェインスタインは離れていた間にあった出来事を報告し合い、ウェインスタインは食事の合間に都の手を握った。
「ミヤコ、ご飯の後、どうする?」
「ん、私に言わせるの?」
都はククッと笑ってウェインスタインと小指を絡めた。
「どうする、じゃなくて、僕の部屋に来る?と聞いて欲しかったな」
「久しぶりなのに、そんなストレートだったら失礼かと思ったが」
「何も期待しないで、私がアナタに会いに来ると思っていたの?」
「じゃあ、僕の部屋に行こうか?」
「もちろん、案内して!」
都は腕を絡め、そのまま手を伸ばして、ウェインスタインのペニスを摩った。
「酔ってるの?」
「早く欲しいだけ」
エレベーターが来て、扉が開き、二人はそのまま乗り込んだ。都はウェインスタインのペニスを元気にして、ぎゅっと握った。
ウェインスタインは高島の大きめの胸をむんずと掴み、キスをした。
あっという間にエレベーターはウェインスタインが宿泊している部屋のあるフロアに到着し、チーンと音がして扉が開いた。
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「どっち?」
「こっち」
ウェインスタインは右手を伸ばして廊下の右奥を指した。
「早く行こう」
高島はウェインスタインの手を引き、指された方の部屋を目指して、歩き始めた。部屋の前につくとウェインスタインはポケットからカードキーを出して、ドアを開け、高島の手を引いて奥に進んでいった。
ウェインスタインはベッドの手前で止まり、高島を座らせた。
「ミヤコ、ヴィンセントが死んだんだ」
「え!事故で?」
「ああ、彼の奥さんから連絡があって、東京での交通事故が原因だったそうだ」
「そうだったのね、お気の毒に」
ここでネイサン・ウェインスタインは急に態度が変わった。
「君は知っていたよね?
彼の死に関与したんでしょ?」
「え、どうして私が?」
「彼から連絡があって、君が彼の秘密を知っていると言ってきた」
「私は誰にも言わないと彼に約束したわ」
「守っている?」
「もちろんよ。
夫にも何があったかは言ってないわ」
「君は結婚していないよね?
シコクには住んでいないよね?
ここで死んだドイツ人、いやドイツ系アメリカ人は知り合いだよね?」
「え、ちょっと待って、どうして?」
「ヴィンセントが教えてくれたよ、あのドイツ系アメリカ人、ディヴィッド・スタイナー、が君の知り合いだってことを」
ウェインスタインは左手を挙げ、高島の右肩の上で停めた。
「え、何をするの?」
高島の右手が自分の意思とは関係なく、上がり始めた。
「え、やめて、何?
ネイサン、何をしたの?」
ウェインスタインは高島の言葉を無視して、次に右手を彼女の左肩の上で停めた。次は左腕が上がり始めて、高島は首を左右に振りながら両腕が水平になっているのを見た。
「え、やめて!
お願い、何これ?
え、どうして?」
「君の意思とは関係なく、僕が君の体をコントロールしているんだ」
「いや、ネイサン、やめて、どうしてこんなことをするの?」
「ミヤコ、君はヴィンセントの事故に関係あるんじゃないのか?」
「関係ないよ!
私はずっと仕事に行っていたわ、本当よ!
こんなことはやめて!」