月と六文銭・第十八章(01)
竜攘虎搏:竜が払い(攘)、虎が殴る(搏)ということで、竜と虎が激しい戦いをすること。強大な力量を持ち、実力が伯仲する二人を示す文言として竜虎に喩えられ、力量が互角の者同士が激しい戦いを繰り広げることを竜攘虎搏と表現する。
極秘の情報筋から中国軍の凄腕スナイパーが本来の任務を離れ、日本に潜入しているとの情報がもたらされた。中国のスナイパーが日本で狙うターゲットなど存在するのだろうか?当初の情報分析では目的不明とされた。
~竜攘虎搏~
01
武田は、体が柔らかく、様々な体位で交わることが可能なリュウショウハンと定期的に"大人の時間"を楽しんでいた。
時間を掛け、リュウに様々な体位、様々な技術、つまりプレイ・テクニックを習得させ、リュウの体への負担を減らしつつ、二人とも行為を楽しめるようにしていった。
リュウの房中術については依然不明だったが、彼女は覚えが早く、武田を喜ばそうとの気持ちもあって、武田の良き相手に成長していた。相性が良いとも表現できたし、そのように彼女を育ててきたとも言えた。
残念ながら楽しみには裏と表があって、少し怖かったのが、守護神かつ監視役の同僚・田口静香がすべての監視ビデオに目を通していて、リュウと会わない時に武田を訪ね、直前のリュウとの行為を再現することだった。
武田を翻弄し、どこまでも自分が夜の主導権を握っていることを彼に忘れさせない、そういう意図を持った行動だった。
ところが、ある晩、武田は田口から、中国人暗殺集団・明華の包囲網が少しずつ狭まっていることを告げられた。
これへの対策は、"メカジキ作戦"と名付けられた替玉作戦で、明華の工作員に武田(の替玉)を殺害させて、ターゲットリストから抹消させることだった。
一度は彼女らと対決することを田口と検討した武田だったが、たとえ今回は撃退できても、次から次へと暗殺者を送り込んで来るであろう中国国家安全部との戦いをいつまでも続けるわけにはいかないのが本音だった。彼女らが武田を仕留めたことにすれば、もう二度と狙われることはないだろう。
田口は替玉に武田と同じような生活をさせた。車を運転させ、彼が出入りする店などに行かせて、アリバイをどんどん積み上げさせた。替玉は触れたこともないスポーツカーの運転を許され、クラブでホステスと遊び、会員限定のイベントにも参加した。
組織は替玉に歯科治療も健康診断も受けさせていたから、事故或いは事件で替玉が死んだ時、検死報告では死亡したのが武田と確認されるように既に準備が進んでいた。
02
***
少し前に中国の狙撃の神様「狙神」張桃芳の子、張敏正、通称「鉄矢」が所属部隊と共に中印国境に派遣されたとの情報が米国中央情報局に入っていた。
中印国境での紛争が激化し、中国側がテロ活動による被害が増大していたため、スナイパー部隊を投入して、インド側の指揮官を取り除き、インドの部隊を後退させることが目的ではないかと推測された。
しかし、米側は国境到着と共に、鉄矢が休暇を申請して部隊を離れたところまでは掴んでいなかった。
***
武田は土曜日なのに、オフィスに来ていた。
前の晩から今朝に掛けて、台湾人留学生リュウショウハンと何度も交わり、彼女の反応を楽しんだ。リュウは武田と毎回複数の体位を経験して、様々な体位で快感を得られるようになっていった。楽しい時間だったが、それは一緒にモーニングを食べたところまでだった。
こうした時間が終了すれば、武田は再び投資運用部長の顔となって投資作戦を練るのであった。
武田は机上の複数のスクリーンで海外ニュースと統計データを見ていた。今ではスマホにすべてのデータを取り込むことが可能で、いつでもどこでも見られるのだが、何となく大きな画面で見る方が全体像が見えていいと思っていた。
誰もいない土曜日のオフィスに来ては、レポートをまとめていた。自分のレポートではなく、他社や他人のレポートのダイジェストを自分でまとめ、シナリオを作り、シミュレーションを繰り返していた。
データは社内サーバに格納されているものがほとんどだったから、オフィスの端末からアクセスして、いろいろ計算させる方が合理的だった。
午後に入って一段落した気がした。お茶の時間だから駅前のファミレスに行って、ティラミスかニューヨークチーズケーキでも食べて来ようかと思っていたところ、副将こと副田将一がそろりとオフィスに入ってきた。
「おはようございます!」
「おう、世界のどこかで朝だわな。
何しに来たのかな、ソエダちゃん?」
「大将の思考の邪魔はしません。
自分のシナリオを走らせて、来週の作戦を練ろうかと」
「誰がそんなことやれと言ったんだ?
専務?」
「いや、誰からも言われていませんよ。
大将の真似です」
「土曜にオフィスに来ないといけないとはロクな大将じゃないな」
「ふーん、そうやってみんなを追い返して、一人で作戦を練るつもりだったんでしょ?」
「そんなことないよ。
昨晩はオールナイトで日本と台湾の関係を研究していて、眠れなかったから来たんだよ」
03
副田に日本人と台湾人の肉体関係を探求していたなどとはもちろん言わないし、言えない。
思い浮かんだリュウの真っ白な体が、目の前のモニター・スクリーンで鮮明になっていった。両手を伸ばしていたベッドのヘッドボードを掴んでいたリュウの腋毛も小ぶりな乳房もはっきりしてきて、下半身に血が流れ込んだ。まずい、今はリュウのことを考える時ではない。
武田がそんなことを考えているなどと全く想像していない副田は続けた。
「ほお、日本と台湾ですか?
台湾っていま中国だって知ってますよね?」
「おう、香港も返還されて、今は中国だっていうのも知っているぞ」
「マカオは?」
「おいおい、マカオが返還されたことも知っているぞ。カジノがあるよね?」
「へぇ~、知ってるんだ!」
「知っているよ、バカにするな」
「バカにしてませんよ。
ただ、大将の知識がどこからどの程度来ているのか、俺は知らないから」
「だから、マハンを読めって言ってるのに。
実際に読んだヤツ、何人いる?」
「俺はちゃんと読みましたよ。
しかし、あんな本、大学生の時からよく知ってましたね」
「こう見えても、学生時代は、真面目な学生だったんだよ、一応」
「そうでしょうね。
あんな本見つけて、国際関係論の教授にケンカを売ったって話、本当なんでしょ?」
「どうして皆、僕をケンカっぱやい、危ないヤツだと思いたいんだろう?」
「妬みですよ、妬み。
業績で大将に勝てるヤツがこの会社にいないからですよ。
それに、その態度というか、その性格のせいもありますね、言っておきますけど」
「え、性格の問題?
僕がモテるからじゃないの?」
「大将はモテるエピソードが多過ぎるんじゃないですか?」
「この会社ではモテないヤツが多いってことだろ?」
副田は、うわっ、また出た、モテないヤツ批判、と思った。
04
「それは投資案と何の関係があるんですか?
自分だけがモデルと付き合っていると思っているんですか?」
「さぁ。
他にいるのか、ヴォーグの表紙に載ったモデルとパリのホテルで」
「はいはい、いませんよ。
いるわけないじゃないですか!
そもそもヴォーグの表紙を飾れるモデルが世界に何人いるんですか?」
「調べたら分かるんじゃないの。
今はワードペディアというオンライン百科事典みたいな便利なものがあって」
「はいはい。
だいたいどうやって知り合うんですか、スーパーモデルと?」
「ヴィクトリアズ・シー」
副田が遮った。
「下着のモデルってそんなにゴオゴロしているんですか、ニューヨークって?」
「まぁ、モデルって名乗ったら誰だってモデルだからね。
下着のモデル、手のモデル、脚のモデル、髪の毛のモデルなどなどなんでもござれだよ!
それに、今はロンドンとかパリでショーが開催されているけど、僕がいた頃、ヴィクトリアズ・シークレットのアニュアル・ショーはマンハッタンのアーモリーでやってたんだ。
だから、その時期とファッション・ウィークのニューヨークはモデルだらけでさ。
それより、副長、お八つ行こうよ、お八つ。
ティラミス、御馳走するからさ」
「ニューヨークチーズケーキとダブルエスプレッソなら」
「ダン(done)!」
取引に合意することをDoneという。そこから運用フロントでは合意した時は了解と言わず、ダンという。
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