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レムリア興隆記~地下都市帝国の興隆05~

第五話 ~ウツミ理論~
 戦時下でもレムリアのドージェ選挙は実施され、レムリアは幾度もの国難を乗り越えてきた。元老院による寡頭制に疑問を持つ者もいたが、司法を担う宗教機関レリヴァンと諮問機関としてのトリシアがチェックアンドバランスを行い、総じて権力集中しない、或いはドージェや元老院の暴走が実現しない政治システムを構築していた。

ウウウウウウウウウウウウウウウウ
ウウウウ
ウウ
ウウウウウウウウウウウウウウウウ
ウウウウ
ウウ
ウウウウウウウウウウウウウウウウ

「投票終了のサイレンが鳴ったな。どうなったかな?」
「フレアになったんじゃない?」

 ウィレムとジョバンニはちょうど国防軍の地区事務所に出頭するために、東に向かってジープを走らせていた。この後、軍服に着替えて、兵員輸送車に乗りこみ、鉄道省のサレノ地区駅まで移動する。そこで彼等は列車に乗り込んで派遣地区である西方方面軍本部へと送られる。
 西方方面はマオ朝シーナ・パキスタ帝国が南方政策を掲げてレムリアに軍事圧力をかけている地区だ。シーナに対して勝利を重ねていて、一度たりとも侵入を許したことはないのだが、だんだん勝利を収めるのが難しくなっていることを指揮官、兵士とも感じてはいた。
 シーナの機械化部隊は年々改良されたパワードスーツを最前線に送り出し、レムリア軍が苦戦する場面が増えていた。この状況は国防委員会にきちんと報告され、現場と本部が同じ認識だったのは幸いだった。
 ウィレムとジョバンニが帰郷して、前線の実情を伝えると故郷の人々も軍の広報を通じて同じ情報を得ていて、二人は軍の正直さに驚いていた。多少は苦戦を隠して、国民に安心感を与えるのが仕事のはずの宣伝省がここまで正直に戦況を伝えているのを知って、二人は安心していた。これで自分たちに何かあった時もきちんと国家と家族を思って死んでいったことが伝えられるだろう。

 兵員輸送車でウィレムとジョバンニが一緒になったのは、今回一緒に移動する筆頭中隊長レーニア・リヒテンだった。彼は同郷ではないため、選挙の行方に興味があったようだ。

「おい、お前らの同郷の女性がドージェになりそうだな」
 リヒテンが二人を見比べながら話しかけてきたので、ウィレムがまず反応した。
「そうだといいのですが。優秀なので、絶対、国家のためになると思っています」
「しかし、ロレダン元大佐、我々の大先輩、も良き候補だったと思うが?」

 ウィレムとジョバンニは一度顔を見合わせてから筆頭中隊長に向かって慎重に回答した。

「筆頭殿、仲間として応援したい気持ちもありましたが、現在のわれわれの置かれている立場、我が国の立場を考えた場合、スロステン議員こそが国家を安定へと導いてくれる存在だと思っております」

 中隊長を務めるウィレムとジョバンニにとって筆頭中隊長は上官というよりも同格の中の出世頭で、たたき上げのウィレムとジョバンニと違い、国防アカデミーを優秀な成績で卒業したエリートで、ロレダンの後輩にあたった。
 しかし、筆頭中隊長レーニア・リヒテンはそんなことを感じさせない生粋の軍人で、ある意味ジェントルマンだった。

「筆頭殿はロレダン元大佐の直系と伺っておりますが」
「いや、俺もロレダン元大佐もウツミ・スクールの先輩、後輩だが、俺は彼の後を継ぐとかそういうことはないよ」

 普段はこういう話に加わらないジョバンニが珍しく食いついてきた。

「リヒテン筆頭はウツミ・スクールにいたのですか?」
「おう、そうだよ」

 ジョバンニは携帯端末の表示板にあるボタンを二つ押して、そこに話しかけた。

『機械化装甲兵力の機動的活用と地下区域における制圧活動の基礎』

 ウィレムもジョバンニの端末を覗き込んだ。すぐに論文集のような数冊の本が表示された。

「タツヒコ・ウツミ国防大学教授兼戦略研究所副所長の論文などをまとめたものです。筆頭殿はこのウツミ教授門下で我々が実際に行ってる軍事行動そのものの理論を根本から理解しているというのですか?」
「そういうふうに言われるとちょっと批判されているように聞こえるが」
「いえ、失礼しました。ウツミ教授は元々国防軍戦略研究所研究員で大佐の階級で退官されて研究所に移り、純粋な研究者となりましたが、現在のわれわれの機械化兵力の運用を理論化した大家です」
「まぁ、一応、俺もロレダン元大佐もウツミ理論を国防アカデミーで叩き込まれ、現在の戦力運用を立案することを国に求められているのは確かだ」

 ウィレムが割り込んだ。

「ちょっと待て、ジョバンニはどこでそんなことを知ったんだ?」
「機密情報でも何でもない」
「そんなことは知っている。しかし、我々が渡されるマニュアルにはそんなことは一言も書かれていないぞ。そもそも現代戦の基礎理論で、これのお陰で我がレムリアは他国比優位を保っている根本思想じゃないか」
「そうだ、それをウツミ教授の弟子たちは数百年にわたり維持、管理、アップデートして、我が国防軍に提供し続けた。この理論なくして、そもそも地下区域での制圧戦争は成り立たない。だから、他国が攻めてきて、仮に一時的に我が国の領土を占領しようとしても防衛ができず、維持もできないで、我々が奪い返すことが可能なのだ」
「まぁ、そういうことだ」

 筆頭中隊長は同意した。

「潜水艦戦闘理論を完成させたラミレス海軍大将みたいなものか?」
「そうだ。しかし、昨今の我が軍の苦戦を見るとそろそろアップデートが必要との議論も一部の専門家の間で起こりつつある」
「よく知っているな」

 筆頭中隊長のジョバンニを見る目が変わっていた。

「ジョバンニ、お前、興味あるか、新地下兵力運用理論の構築に?」
「いや、俺の頭ではアカデミーを出たエリートたちの足手まといなんで遠慮します」
「そういう奴が一番革新的な方策を思いつくんだよ」
「次の戦闘期間を乗り切ったら考えます」
「そうか、その気になったら俺から本部に推薦するよ」
「ありがとうございます。俺、勉強は好きなので」
「ちょうどいいよ、今戦闘期間後にサバティカルで半年くらいアカデミーに行くといい」
「いやいや、そういうことじゃないですよ」

 地下世界における機械化戦力、特にパワードスーツを着た兵力の活用などは人類が本格的に地下で軍事行動を行う必要が生じた時に初めて理論化されたものだった。陸上と地下壕の中はウツミ理論、海洋世界ではヴラドミル・ラミレス国防海軍部提督の『潜水戦力の効率的運用』がこれに先立つこと五百年も前に理論化されていた。これは人類が地上にいた時の海洋軍事力の運用を基に纏められたこともあって、かなり早く成立した理論だった。

「筆頭殿はウツミ理論は時代遅れになったと思っているのですか?」
「そうは言ってないが、我々が苦戦するようになったということは、他国が追いついてきていて、我々がアップデートする必要が生じているということではないか?」

 ウィレムとジョバンニは顔を見合わせ、思い切って筆頭中隊長に言うチャンスかもと同時に思ったようで、まずはウィレムが口を開いた。

「筆頭殿、新ドージェは新しく身辺警護用の護衛隊を組織すると思いますが、我々にその任務を」
「なるほどな」
「え?」
「お前たちなら立派に同郷出身の新ドージェをお守りすることができるだろう。しかし、多分、軍は一人しかそれを許さないと思う。昔のドージェが権力乱用した際に親衛隊を使って軍をうまくけん制して、一夜のうちに前ドージェの一族を根絶やしにした事例があるからな」
「ならば俺を身辺警護に、ジョバンニは理論研究に移せませんか?」
「参謀本部に打診するが、何も約束できないよ。そもそも大隊長が首を縦に振るかどうか」

 筆頭中隊長は考えこんでしまった。事例研究を徹底して行う国防アカデミーでは軍と政治の複雑な関係の中で最も大きな失敗が第二十三代マグリーノ・マルゲリーニによる『マルスの夜の大粛清』と呼ばれる一連の暗殺と投獄とクーデター事件だった。軍もすっかり騙されて、前ドージェの第二十二代アラン・パックスマーレの政治腐敗と軍縮計画にゴーサインを出したと信じ込まされて、彼の資産を差し押さえ、一族の内軍人は全て投獄、本人と妻、長男、長女、孫6人、と愛人(?)は裁判も投獄もなくドージェ公邸で射殺され、政治に全く関係のない二男とその妻と子供2人は翌日、裁判もなく重罪人と同様に断頭台で首を落とされた。
 マルグリーニが5年以上も掛けて綿密に計画したクーデターに軍も行政府もすっかり騙されて、この国の歴史に大きな汚点を残した。二度とこうしたことがないよう国全体が七日間、喪に服した。行政も軍も反省し、フェイルセイフとして身体の不可侵権を強化された最高神祇官がすべての国政から独立して宗教行事と他の政府機関の監視を行う役目を持つようになった。宗教的大黒柱として、最高神祇官は全ての国家行事に意見し、参加し、国民の精神的柱として活動し続けた。

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八反満
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