卒業(レースクィーン・中井翼編)5・エピローグ
レースクィーンの中井翼は板垣陽子の仲介で武田と知り合い、支援前提で逢う関係だった。彼女は初めからパパ活が目的で、武田は彼女の豊かな胸に惹かれて逢っていた。
中井自身はレースクィーンをしながら、撮影のモデルやイベントコンパニオンをしていたが、生活がなかなか安定しないため、板垣陽子に頼んで武田を紹介してもらっていた。
5
東名高速を降りてしばらくすると同じ通りなのに、名前が青山通りに変わる。順調に流れていた交通も信号が増え、車の量が増え、ゴーストップが増える。その動きの違いを感じて、中井が目を覚ました。
「ねぇ、これが例の」
「そう、『オレンジの河』」
「本当に『オレンジの河』に見えるね」
「僕は初めてあの曲を聞いた時、東名高速を降りたところのこのテールランプの数々がオレンジ色の大河に見えたんだ。
ところが、インターネットによると「大都市を走る高架の首都高速が、オレンジ色を放つナトリウムランプに照らされ、まるでオレンジ色の河のように見えると解釈する」と書いてあるんだ。実際には東名高速を降りたところの渋滞を知らない人の記述だと思うんだけどね」
「確かに、この光景は本当にオレンジ色の河に見えるもんね。
それにあれは別れの歌、最後のデートで渋滞に嵌ったって歌だったよね?」
「そう。
大学の彼女を箱根の温泉帰りに送った時にちょうど今みたいに渋滞に嵌って、まるで『オレンジの河』だねって言い合ったんだ」
「なにそれ?
アタシとは2回目ってこと、この『オレンジの河』?」
「あぁ、そうだ。
それに、別れたからね、その子とも」
「お別れも2回目…。
その時もポルシェだったの?」
「いや、別の車だった」
「へぇ~、哲也さんがポルシェ以外に乗っているなんて、イメージできないわ」
エピローグ
その夕、武田は中井を中央線沿いの駅まで送った。中井は「二度と部屋のそばに来ないで」とこれも釘を刺した。
しかし、別れ際、車のドアを閉める前に覗き込んで武田の顔を見ながら「でも、多分、来年のクリスマスには、また哲也さんに抱かれていると思う。だって、私、下手なのに耐える自信がないもん」と言ってドアを閉め、手を振りながら駅に吸い込まれていった。
<2年でお別れか。こういうのを卒業というのだろうか。ならば、何から卒業したというのだろう?パパ活?独身とか僕から?>
武田は手を振り、中井が駅の入り口に消えた後、携帯電話を出して、誰かにメッセージを送った。
TT:I want to fuck your brains out!
すぐに返信がないことは分かっていた。武田は携帯電話をしまい、車に滑り込み、エンジンを掛けた。爆発するようにエンジンに火が入り、漆黒のポルシェ911「ネロ号」は全身にエネルギーを漲らせ、震えていた。
しかし、ネロ号は今にも飛びかからんばかりの獰猛な姿勢から想像されるのと違い、滑らかに走り出し、駅前ロータリーから幹線道路に出て、夕日を背に加速していった。
~翼、結婚、おめでとう~
FIN