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月と六文銭・第十四章(73)

 工作員・田口たぐち静香しずかは厚生労働省での新薬承認にまつわる自殺や怪死事件を追い、時には生保営業社員の高島たかしまみやこに扮し、米大手製薬会社の営業社員・ネイサン・ウェインスタインに迫っていた。

 田口は再び高島都としてターゲットであるウェインスタインと会った。罠を仕掛けるつもりでいたのに、彼の部屋に入った途端、彼の「力」に捕らわれ、女性の部分を中心に拷問を受けるハメに…。

~ファラデーの揺り籠~(73)

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 高島は必死に息を整えた。腹の奥から痛みがこみあげてきていたが、これはどうにもならない。膣口は後で薬を塗ることができるかもしれなかったが、膣奥は医者の治療を受けるしかいないだろう。
 腕は、まだウェインスタインの力に縛られているのか、横に伸ばしたままの状態だった。肩を下すことも肘を曲げることもできない。いや、それを言うなら、手首も指すらも曲げられない。
 こうしておけば、高島が武器を持っていないことが一目瞭然で、ウェインスタインは高島が武器を隠し持っている心配をせずに済む。

「ヴィンセントとはいろいろな話をした。
 ヴィンセントは僕の母を知らなかったが、精子を提供したプログラムのことを覚えていて、一時は密かに追跡調査もしたらしい。
 僕はDNA親子鑑定に応じた。
 その結果、99.97%の確率で親子関係が認められるということだった。僕は彼と一緒にこの能力を使っていこうと決意して、軍をやめた」

「は、はなたは、ひろおろひに、ははんいたのよ」
(あ、あなたは、人殺しに、加担したのよ)

 高島はうまく口が閉じられず、ところどころきちんと発音ができないでいた。

「何を言っているのか分からないな。
 タオルを渡すけど、口を拭くだけにしてくれ」

 ウェインスタインは高島の左腕に小さなタオルを載せた。その左腕たけが動くよう、緊縛状態を少し緩めた。
 高島はまず顔を拭き、口の周りを拭いて、口の中のものもタオルに出した。胸元の吐しゃ物はタオルで払うように拭いた。本当は左手を右手とほぼ同じように使えるのだが、ここではウェインスタインにそれを悟られないよう不器用に一生懸命拭く様子を彼に見せた。

「下、痛いの。
 血が出ていると思うから、拭いてもいい?」
「ああ。
 本来の僕は女性にこんなことをしないが、君がそんな人間だと知って、自分が抑えられなかった」
「ひどいわ。
 こんなことをするなんて…
 アタシ達、マイクラブする間柄だったのに」

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 無意識だったが、高島は過去形で話していた。証拠は揃った。今夜、ウェインスタインを掴まえられる。もちろん監視班がきちんと録画、録音してくれていれば、ということにかかっているが。

「君は僕の父を殺したんだよ。
 直接ではないというのなら、それに加担したんだ、少なくとも。
 どうして?
 誰のために?」

股間を拭いたタオルについた血を見た高島は泣き出した。

「ひどいわ。
 いくらなんでも、女性にこんなことをするなんて…」

ビーン!

 高島の左腕がまたまっすぐ伸びた状態になった。

ぎゃ!

「何で?」

 高島は再びベッドに倒され、天井を見上げるしかなかった。
 ウェインスタインは警戒しているのか、ベッドを廻り、高島の頭の方に来て、覗き込むようにして話した。

「なぜだ?
 誰の命令で、僕の父を殺したんだ?」

 高島の視線はウェインスタインが手に持っている注射器に固定された。

「や、やめて!
 もう何もしないで!」
「なら、言うんだ」
「だから、アナタの言っていること、アタシには分からないの。
 アタシは田舎で保険のセールスをしている、ただの主婦よ。
 どこかの命令を受けて、ヴィンセントに何かをしたなんてことはないわ」

 ウェインスタインは高島の目が一瞬斜め上に動いたのを見逃さなかった。

「CIAか?CIAだな?君はCIAのために動いているのか?」

 高島が脳の中で一瞬組織のことを考えた時、自然と目が左上を向いたのをウェインスタインは見逃さなかった。その瞬間、高島の脳をタップして、彼女が思い描いた画像を見たのだ。
 高島の脳に浮かんだのは、米国バージニア州ラングレーにある「ジョージ・ブッシュ・諜報センター(=CIA本部)」だったため、ウェインスタインは高島がCIAのために働いていると結論したのだ。

「ミヤコ、君は女性としては魅力的だし、性的にも成熟して男性を楽しませることもできるし、自分自身も性を楽しめる女性だ」

 そう言いながら、ウェインスタインは高島の死角に入っていった。高島はウェインスタインが見えない位置に入ったため、何をされるか予想できず、恐怖に包まれた。

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「やめて、何をする気なの?
 もうアタシを傷つけないで!
 ヴィンセントに約束したのよ、誰にも言わないって」
「君は夫にも話してない言ったよね、夫などいないくせに?
 ならば、実際には誰に話したのかな?」

 話しながら何かが高島の肛門に触れている気がした。

「いや、やめて、何か入れたの?
 ねぇ、何か入れたの?
 何を入れたの?
 もうやめて!
 今日のことは誰にも言わないから」
「君の想像上の夫にも、か?」

 ウェインスタインが「か?」といった瞬間、高島は何かが直腸経由で腹の中に侵入してきた気がした。

「誰にも言わないから、もうやめて!
 ちょっとアバンチュールをした主婦に何ができるというの?
 あなたの勘違いよ」
「ほお、ならば君の夫の名前を言ってごらん?
 生年月日、住所、どこで知り合った、今彼は何をしているか」
「タカシマテツヤ、1992年7月4日生まれ。
 香川県丸亀市本町986-7、高校の同級生よ。
 付き合いだしたのも高校の時、初めての人は彼じゃないけど。
 今は讃岐銀行丸亀支店の副支店長兼融資課長よ」
「ほお、今電話を架けて、高島副支店長は在席か聞いてもいいか?」
「いいわよ、でも私の知り合いだとは言わないで」
「あくまでも秘密の関係だからね、僕達」
「そうよ」

 高島は体の感覚がなくなっていくのを感じていた。正確に言えば、足の先の感覚が今はない。それが徐々に上がってきていて、太腿当たりの感覚が怪しい。

「ねぇ、アタシに何をしたの?
 何か入れたのね。
 ねぇ、教えて!」
「どうせ自白剤は効かないだろうから、別のものを君のリア(肛門)から入れた。
 そろそろ効き始める頃だろう」
「いや!
 何をしたの?
 もう許して、アタシ、本当に誰にも言わないから!」
「その言葉を信じて、結局ヴィンセントは死んだ」
「アタシは関係ないわ。
 ヴィンセントは事故に遭ったんでしょ?
 私はその数日前に彼からあの話を聞いて、それからは会ってないわ」
「アリバイ作りか。
 うまいなぁ。
 それで自分は関係ありませーん、と言いたかったわけか」
「アリバイも何も、私は関係ないよ。
 あのドイツ人が殺されたのは本当なんでしょ?」
「アイツは俺たちの部屋を盗聴・盗撮していた。
 録画したビデオもあった。
 全部で4つの部屋を盗聴・盗撮していた」

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 ん?ここで高島はおかしいことに気が付いた。監視していた部屋はオイダン、ウェインスタイン、そして自分の3つのはず。何か別のアサインメントを同時並行でこなしていたのか、ディヴィッドは?

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