月と六文銭・第十四章(70)
工作員・田口静香は厚生労働省での新薬承認にまつわる自殺や怪死事件を追い、時には生保営業社員の高島都に扮し、米大手製薬会社の営業社員・ネイサン・ウェインスタインに迫っていた。
田口はターゲットであるウェインスタインの上司・オイダンが日本に配置のアセットに撃たれて無効化されたことを知った。
気分がすっきりしたのか、カラオケにも力が入り、その後もお楽しみがあったようだった…。
~ファラデーの揺り籠~(70)
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田口はアルテミスが狙撃に成功して、オペレーショナル・パートナーのデイヴィッドの仇を討てたことを喜んでいた。もちろん同僚看護士がいる前でガッツポーズだの、「やったぁ!」と声を出すことなどは許されない。
その代わり、ストレス発散とばかりにアン・ルイスの名曲『六本木心中』を力いっぱい歌った。
こうした業後のイベントにあまり参加しない田口の声量と美声を初めて目にした同僚はかなりびっくりしていた。
「グッチャン、すごい迫力」
師長の山田がいつもの3倍くらい目を開いて田口を見つめた。こんな田口班長を見たことがないと目が訴えていた。
因みに呼び方が年を経るごとに親しみも込めて綽名へと変化していった。着任早々は「田口ちゃん」だったが、師長の信任を得ると「タグッチャン」となり、いまや「グッチャン」と呼ばれるようになっていた。
副長の鈴木も驚きを隠さず、田口に声を掛けた。
「田口班長、すごいですね!」
「ありがとう!
すっきりしたわ!」
鈴木は田口よりも1年早く病院に入っていたので、年下だが職場では先輩となっている看護師だった。年次からは本来は田口が副長となっているはずだが、病院は掛け持ちの田口ではなく、専属の鈴木を副長に昇格させていた。田口は本業が別にあったので気になっていなかったが、田口の方が明らかに仕事ができることを自覚していた鈴木は田口に少し遠慮があった。何がすっきりしたのかは分からなかったが、田口が楽しそうで良かったと思ったようだ。
田口は鈴木ともハイ・ファイブを交わした。しかし、心の中では、会ったことのないスナイパーとハイ・ファイブをしていた。
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***現代へ***
「でね、馬が転んだから、嬉しくて、変なテンションになって、朝、気が付いたら、隣に田所が裸で丸まって寝てたの」
「ほ?」
「うん、ホテルで、目が覚めたんだけど、なんか可愛い女の子が隣で丸まって寝てたから顔を見たら田所だったの」
「ほぉ、レズ・セックス?」
「そうなの!
初告白だけど、二人ともノックアウトするまで3年目と5年目の看護師と3Pしてたらしいの」
「あれ、もう一人は?」
「田所を起こして聞いたら、ベッドの向こうの床を指したの。
ベッドの端に行って見たら、5年目の結城がディルドゥを入れたまま床で鼾をかいていたの」
「レズ、3P、ディルドゥとはまた激しいね」
「田所によると、私がディルドゥで結城をイかせて、ベッドに戻って彼女の意識がなくなるまでイかせたらしいの。
多分、二人とも動かなくなったから、つまらなくなって私はそのまま寝てしまったんじゃないかしら」
「激しいね」
「田所は携帯ビデを持っていて、私はそれをバイブ代わりに使ったみたいで、ベッド横に置いてあったの、朝」
「痛くなかったのかな?」
「それは大丈夫よ、最悪なのは歯ブラシを使った時」
「え、そんなことする人いるの?」
田口は小さく右手を挙げて、気まずそうな顔をした。
「自分で?」
「うん、プレジャー・トイを部屋に置いてきてしまった時、本当にどうしても何か入れたくなったら、棒状のものはもう歯ブラシしかなくて」
「ふーん」
「哲也さんは、ダメよ、そういうことをやったら。
ちゃんと指と舌でイかせてくれるって約束してね」
「はい、約束します」
「ありがと」
田口は顔を下げてきて、武田にキスして、彼のアレを握った。
「棒状のものねぇ」
「棒状よね、これも?」
「うん、使う?」
「まだ」
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***再び、回想へ***
田口は数日後にネイサン・ウェインスタインからのメッセージでオイダンの現状を知らされた。
ねいさん:Vincent had an accident in the Ferrari.
(ヴィンセントがフェラーリで事故に遭った。)
都🐈:Oh dear! How is he?
(まぁ、大変!彼の具合はどうなの?)
ねいさん:Stable for now.
(現時点では安定している。)
都🐈:Are you coming to Japan?
(日本に来るの?)
ねいさん:Have to report to the Health Ministry. Probably be in Japan next week.
(厚労省に報告しなくちゃいけない。多分、来週は日本にいる。)
都🐈:Do you have time to see me?
(私に会う時間はある?)
ねいさん:Hope so.
(あるといいな)
田口は高島都のアカウントを引き続き使っていた。
<オイダンはどこまでをウェインスタインに話したのか、これから話すのか、それによってはウェインスタインを早急に処理しないといけなくなるな>
田口はメッセージアプリを閉じて、携帯電話をテーブルに置いた。
<ジョンに報告して、早急に対応策を調整しないと>
田口は電話で米大使館のジョン・デーヴィッド・コーヘン(JDC)大使館員を呼び出してもらった。
田口:ジョン、アイリッシュ・パブで1パイント、いかが?
JDC:虎ノ門ヴィレッジの2階のところか?
田口:ええ、あそこなら、静かに話せるから。
田口はCIA支給の携帯電話で話していたので、暗号化された通信となっているはずだが、念の為に確認した。
JDC:この電話でも、声がはっきり聞こえるよ。
田口:雑音はないってことね?
JDC:ああ、雑音はないよ。
田口:ありがとう。
田口が「雑音がする」と呼ぶのは、盗聴されていることを意味した。昔は盗聴されていると、その機械が作用している音が雑音として、聞こえていたことに由来していた。
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