月と六文銭・第十七章(14)
14.幽霊工作員
The Ghost Operatives
25年前の九龍城での三合会幹部暗殺は、米国と英国が日本とタイとシンガポールの工作員を起動して実施した作戦だったというし、15年前の深圳特区の大停電もこの3人のうちの誰かが実施した狙撃だということだった。我が国政府はずっとこれらの事件の犯人を追ってきたが、皆目見当が付かなかった。まるで幽霊が工作したようだと記録に記載されていた。
しかし、今回は俺が相手で残念だったな。お前が実在することが分かっただけでもこちらは大きな前進だ。お前は存在しないことが隠れ蓑になっているのだから、それが少しでも剥がれれば、すべてを引き剥がすことが可能だという証拠になる。
さて、もう一度車両を確認しよう。何らかの破片が残っているかもしれない。秦大佐が午後には退院するということだったが、その前に事故現場に行って自分の目で壁や路面などを見て来よう。呉は大使秘書官に連絡だけを入れて、外出した。
駐在武官の秦は火曜になってようやく愛人の飯田すみれに電話をした。ずっと妻が付き添っていたこともあったが、自分の中の飯田に対する疑念を整理する時間が必要だったのだ。
「もしもし、すみれ、連絡できなくて、すまん」
「江毅さん!
大丈夫ですか?
大使館に電話したら、怪我をして入院していたと聞きました」
「君は賢いな。
イベント確認のふりをして私の様子を聞き出したらしいな」
「いつもなら例の携帯電話で連絡が取れるのに、返信がなかったから、こうした関係になる前の、いちイベント参加者になったつもりで普通に代表番号に架けました。
受付の陳さんが私のことを覚えていて、アナタの状況を教えてくれました」
「君のいうことを聞いて泊ればよかったかな」
「今度はそうしてください」
飯田は心から秦がそうしてくれると嬉しいと思っていた。
「だが、そうしたら、一晩中君の体に触ることになるぞ」
「嬉しい、一晩中お相手します。
たくさん抱いてください」
飯田はこう言った後、普段の自分ならば言及しない夜の行為について話していることに気が付いて、赤くなっていた。
「ハハハ、いつもポジティブだな、すみれは」
「アナタが事故に遭わないのなら、私は一晩でも二晩でもお相手します」
「君の方が先にイって、体力がすぐなくなるくせに」
「それは言わないでください!」
どうしたことだろう、秦とこんな恥ずかしい会話、直接対面でもしたことがないのに、電話で話しているなんて…。
でも、彼には伝えておきたい、私たちの相性が良いことを。
「友人によれば、私たちは相性が良いようです。
体の相性が、です」
「そのようだな」
「今週、会えますか?」
「今週木曜はいつもの六本木の部屋で会おう。
ただし、怪我をしているので、出来ないこともあるぞ」
「え、お怪我、ひどいのですか?」
「顔の包帯が取れるまでは、透明人間のようだ。
知っているか『透明人間』という映画を?」
「はい、分かります」
「しばらくは美男子が台無しだ。
キスもクンニもできない。
つまらないな、こういう状況」
「え、大変なお怪我じゃないですか!
動いて大丈夫なのですか?」
「実を言うとな、危うく首の骨が折れて死ぬところだった。
体が車のシートに引っかかって、完全に前に飛び出さず、顔をガラスで切っただけで済んだ」
「それでも…」
「今度、君の胸が痛んだら、君のいうことを聞いて、泊ることにする。
呉には悪いが。
アイツは車の中で寝ることになるから、ちょっと気の毒だ」
「確かに、私の部屋に呉さんをあげるわけにはいかないですからね」
「そうだろ。
取り敢えず、木曜に六本木で会おう」
「はい、行きます!」
「俺はできないから、君には口で少し長めに頑張ってもらうことになると思う。
良いか?」
「もちろん、します!」