月と六文銭・第十九章(10)
鄭衛桑間:鄭と衛は春秋時代の王朝の名。両国の音楽は淫らなものであったため、国が滅んだとされている。桑間は衛の濮水のほとりの地名のこと。殷の紂王の作った淫靡な音楽のことも指す。
元アナウンサーの播本優香とのお部屋デートの直後に、武田はホステス・喜美香から連絡を受け、同じ部屋に訪問を受けることとなった。
日ごろからジムで体を鍛えている喜美香だったが、さすがの武田も喜美香がジムに行くような恰好で登場するとは思っていなかったため、今夜はちょっとびっくりしていた。
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高輪セントラルホテルの北タワー、2711号室に到着して、喜美香は真っ直ぐ窓へと向かった。
武田がカーテンを閉めて迎えに行ったが、喜美香がそのカーテンをさっと開けると、感嘆の声を上げた。
「こんなふうに都心を見たことがないです!
素敵です!
どうしてこういうことが分かるんですか?」
「最上階のレストランとかあるじゃないですか?」
喜美香はコクンと頷いた。
「それらを比べて、最適な場所を求めて狭めていくんですよ」
「相変わらずアナリストらしいアプローチですね」
「アナリストの性ですかね。
今はアルファベータ社の検索と地図アプリがあるから、比較的直ぐに絞っていくことが可能ですが」
「でも、部屋の位置、と言うか高さはそれなりの経験がないと」
喜美香は武田が運んでくれたボストンバッグを受け取り、チャックを開けた。目的のものが一番上にあったようで、全くガサゴソすることなく黒とグレーの箱を取り出して、武田に渡した。
「お土産です」
「ほぉ、ポルシェ・デザインのガスライターですか」
「先日、お客様にパーティーに連れて行っていただいた時に頂いたものです。
あ、お客様からじゃなくて、主催者からのものなので、何も問題はないですよ」
「ありがとう」
「私は喘息があって、煙草を吸いませんし、お客様も私がイベントでもらったスーベニアをいちいち覚えていませんので」
「ありがとう。
でも、僕も煙草を吸わないのを知っていますよね?」
「もちろん!
しかし、それはポルシェ・デザインで、武田さんの好みに合うと思ったので」
「すごい素敵です。
開けていいですか?」
「もちろん!
その間にシャワーを浴びてもいいですか?」
「どうぞ!」
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武田は新しい玩具を手に入れた子供のように目を輝かせて箱を開け、直接ガスライターの腹の部分に指を往復させていた。ガスを入れる胴体の部分は金属を編んだようなデザインとなっていて、チタンの独特の色合いと合わさり、好きな人には遠くからでも分かるグッズとなっていた。知らない人には「かっこいいガスライター」で十分だろう。
既にガスが入っていて、着火可能となっていたのを見て、武田はカチャッ、ボォー、カチッ、カチャッ、ボォー、カチッと着火と消火を繰り返して、毎回同じ大きさになる青い炎を見つめていた。
<かっこいいなぁ>
武田はポルシェデザインが好きで、ボールペン、万年筆、携帯電話、腕時計は持っていたが、煙草を吸わないため、ライターは持っていなかった。これで、何となく男の心をくすぐるグッズが全部揃った感じだった。
カチャッ、ボォー、カチッ、カチャッ、ボォー、カチッ
見飽きることなく着火と消火を繰り返していると、喜美香がシャワーから出てきて、さすがにスエットではなくナイトガウンを身に着けていた。
「気に入っていただけたようですね。
持ってきてよかったわ」
「ありがとう。
見飽きないと言ったら笑われるかな?」
「車、カメラ、時計につぐ第四の男の玩具じゃないでしょうか?」
「ふーむ、なるほど」
「で、君のお気に入りの玩具はどこかな?」
「ほほほ、今夜はそういったものが必要ないことを分かっていらっしゃるくせに」
「いや、今夜はちょっと」
「帰られた女性はそんなに良かったのですか?」
「ん?」
「私はアナタの彼女でも、愛人でもないので、嫉妬はしませんし、詮索はほどほどにとどめますが、これが欲しくならないほど良かったということですか、その方との行為」
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そう言いながら喜美香はガウンの腰にあった紐をほどき、スッと前を広げた。これまた播本にはまったく劣らない、上をツンと向いたFカップバストとヘラで掬った様な腹の高低差が見事で、武田のズボンの前がみるみる膨れていった。
「いつも窓辺でしたがりますよね?
今夜は私も窓辺でしたいと思っています。
来てください」
喜美香はガウンを落としながら、武田の目の前の窓の縁に座り、スッと足を広げた。
綺麗に手入れされた恥丘は、腹からの曲線を受け、中央のクレバスへと続いた。そこからは二つに分かれ、間にはピンクの唇が息をするかのようにパクパク動いていた。
「今夜は着けなくても大丈夫ですよ」
武田は振り向いて小物入れから避妊具を取ろうとしたが、チャックを開ける手が一瞬止まった。
「あら、私の言葉が信じられないのですか?」
<嘘で固められたプロフィールに、百戦錬磨の手練手管を駆使するホステスを信用するわけがないだろう>
「万一ということもあるでしょう?」
「そう思うなら着けてください。
私は無しでもいいと言いましたからね。
二度とないチャンスかもしれませんよ」
<一度も二度もないだろう。だいたい俺は分かっているんだぞ、お前の正体。本名、小林千里。29歳。関西急行鉄道の創始者・小林為三郎に繋がる血筋で、京大経済ではなく法学部卒。父は婿だが、関西弁護士協会副会長・正義、母は小林のひ孫の志宝子。三姉妹の次女で次女らしくやや奔放な生き方をしている>
「子供ができたらどうするんですか?」
「できたら私も困りますので、安易にアレ無しで許したりしませんよ」
「できたら、やくざな親父とか叔父が出てきて、僕を君たち専属の資産運用係にするつもりかな?」
「おほほ、それもいいですね!武田さんの運用の才能があれば、うちの資産はあっという間に十倍になりそうな気がします」
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「金融庁と国税庁に踏み込まれて御用となったら困るから運用指南は有料できちんと契約を結びますよ」
「テクニカルな話も大事ですが、今は乾く前に入れてほしいです」
武田は包みを破って自ら避妊具を付け、窓辺に腰を掛けている喜美香に乱暴に入れた。
しかし、既にシャワーの段階から準備していたのか、喜美香のそれは柔らかく、良く濡れていて、すんなり武田を受け入れた。
「あん、久しぶりだわ!
たくさん突いてください」
「壊れても知らないぞ」
「武田さんの太いモノで既にアタシのは広げられて、すごい圧迫感が伝わってきていますわ」
「動くぞ」
「来て!」
武田には今夜の喜美香の考えが分からなかった。他の日のデートの時は、比較的狭いそこを傷めないよう、よく濡らし、よくほぐし、人工的な潤滑剤も着けて行為をするのに、今夜は痛めつけられるのを期待しているような発言をしている。
「武田さんの跡を残して!」
<何があったんだ、喜美香?お前らしくない。いや、お前らしいのが何なのか分からないが>
武田は当然知らなかったが、喜美香は月に1度1週間ほど関西に戻って、父母が決めた相手と試し婚をしていた。その1週間は婚約者ともいえる男性と同棲し、夫婦のまねごとをしていた。
外では対等の関係の二人だったが、部屋に戻れば男性は喜美香の機嫌を損ねないよう腫れ物に触れるような扱いをした。夜もそんな調子で、長時間にわたり丁寧に扱われたが、満足とは程遠い行為だった。一応「旦那様となる人」の手前、満足したふりをしていたが、すればするほど虚しくなり、行為をするのが嫌になっていた。そして、男性は嫌われまいと毎晩頑張るので、更に喜美香が醒めていくという悪循環だった。