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月と六文銭・第八章(3)

 その日曜日の同じ時刻、三枝さえぐさのぞみは自分の部屋のベッドの上で、携帯電話をいじりながら、武田にメッセージを送ろうかどうか悩みながら、出会った頃のことを思い出していた。

~それぞれの日曜日~(2)


 のぞみは恋人の武田が英国に転勤になるらしいと聞いて、心穏やかではなかった。数年の海外勤務でも遠距離恋愛になってしまうのに不安を感じていた。遠距離恋愛を続ける自信がないから、一緒に行きたい。しかし、一緒に行くとしたら会社を辞めないといけないのか?会社を辞めたくないと言ったら、お別れとなってしまうのか?

 のぞみは厳しい競争を勝ち抜いてこの会社に入社し、今年で5年目、武田と付き合い始めて3年目に突入していた。武田のことを知ったのは就活中で、初めて言葉を交わしたのは、内定した大学4年の春だった。

 選考の過程で、海外勤務希望者には特別に海外子会社の米国、英国、香港の支社長とのビデオ面談が実施された。その時、ウィットとユーモア、或いは毒のある米国支社の武田という男が印象に残ったのだ。当時はまだ遠い存在で、採用担当の女性社員から「武田支社長は外資出身で外部採用初の子会社社長」と説明された。

 入社後すぐにのぞみは海外に行く機会を得て、しかも、興味津々だった武田が勤めるニューヨークへの3週間を含めた6週間の英語ビジネス研修に、1年先輩の土屋つちや良子りょうこと行くことになったのだ。


 元々は良子の年次の若手が2名行く予定だった。もう一人の研修生は一年間コンプライアンス部に所属していたが、企画部に異動して、企画部長と一緒に業界団体対応を勉強させることとなり、海外研修からはずされた。

 人事部の集合研修を終えたばかりで、まだ正式に現場部署に配属されていなかったのぞみがラッキーチケットを手に入れ、同期の羨望の眼差しを受けながら米国へ行くこととなったのだ。

 のぞみが海外派遣に選ばれたと聞いて、こんな機会はない、と母も喜んでくれた。大学の途中まで海外で育った母・弘美ひろみに比べ、のぞみは日本をほとんど出たことがなく、少しでも外から見た日本を知ってもらいたいと思っていた。内定者イベントを通じて知り合っていた1年先輩の良子と一緒に研修に行くというのも安心材料だった。


 のぞみは日曜の夕方に日本を出発したのに、ニューヨーク(NY)に着いたのが同じ日曜の同じ時刻という不思議な体験をした。空港でNYオフィスの比留間ひるま真理子まりこが出迎えてくれると聞いていたので、タクシーを探す苦労がないと安心していた。

 準備段階では、ひょっとして、NYの地下鉄で移動するのかとも思っていたし、日本では京成電車で空港まで自分たちで行ったので、研修生なんてそんなものだろうと思っていた。

 ところが、空港で比留間さんがタブレットに名前を表示して待ってくれていたので、空港内を右往左往することなく、すぐに合流できた。今回の件でメールのやり取りが始まってすぐに社員録で比留間の顔を確認しておいたので、すぐに彼女を見つけることができて、二人は安心した。

 驚いたのは、ハイヤーが用意してあって、リムジンでマンハッタンに移動すると聞いたからだ。こんなこと一生に一回しかないと思った二人は恐縮して、比留間について行った。もちろん車両は車体を伸ばしたストレッチリムジンではなかったので、セレブ感覚にはならなかったが、黒塗り、曇りガラス、革張りの贅沢なシートにドキドキしたのは確かだった。

 比留間はそのまま、二人が1泊目を過ごすニューヨーク・エステート・ホテルまで送り届けてくれた上、チェックインの手続きもしてくれた。ホテルからオフィスまで歩いて10分もかからない距離にある、ちょっとおしゃれなホテルだった。名前の由来は、この建物のオーナーの屋敷=エステートだったことから来ているとレセプション横に置いてあったパンフレットに書いてあった。


 NYの治安はかなり改善していたので、外を歩いてもいいと言われたが、それでも外国なので、夜の外出は控えること、必ず二人で行動し、指示された地区以外には絶対に踏み入れないことを約束させられた。

 少し高いけどホテル内に売店があるので、買い物はそこで済ますことも滞在中の「研修指示書」に書かれていた。

 毎年2回は海外旅行に行く良子はちょっと窮屈に感じて、どうしてこんなに細かいのだろうと思ったが、慣れていないのぞみは会社からの指示だからやめておきましょうと良子を抑える役に徹した。

 注意されていたのに事故や事件に遭った時に自分たちも困るが、あらかじめて注意を発したのに問題が起これば、NYの人たちに迷惑が掛かるのが嫌だったのだ。

 時差の関係で眠れない二人は目が爛々としてしまい、どうしても街中を観たいと夜のNYに繰り出した。ところが、オフィスの多いミッドタウンの真ん中にあるホテルの周囲は寝静まっているという感じで、SOHOやウェストサイドの様な「眠らない街」とは様相が違った。

 それでも有名な投資銀行JPモーニング社の本社や破綻したスターリング・ベアーズ社の八角形のブラックタワー、今は英銀バークレイ・ガーニーの米国本部となっている「リーマンショック」の震源地・リーマン・ブラザーズNY本社ビルを見て回った。

 特に緑の電光掲示板がバークレイの青に変更され、取引が始まった東京マーケットの情報を流していたのを見た時、会社がなくなるというのはこういうことかと二人とも顔を見合わせた。


 翌朝、初日だけNYオフィスにあいさつに行って、午後からニュージャージーのグリーンステート生命保険での研修が始まるため、ピックアップ地点のグランドセントラルターミナルの横のシェラトンホテルに向かった。そこから3週間、ニュージャージーの緑豊かな田舎町にある研修所で過ごした。

 良子は元々大阪と東京で遠距離恋愛中だったため、毎晩スマートフォンのアプリで大阪にいる彼とやり取りをしていた。のぞみは大学時代からの彼とは社会人になってから価値観のズレを感じていた。今後の付き合いをどうしようか悩んでいたところだったので、別れて新しい何かを探すいい機会だと捉え、わざと連絡をしなかったり、簡単なメッセージだけを送り、ビデオ電話で顔を見るとかはしなかった。

 グリーンステートでの3週間はお客様扱いだったので、至れり尽くせり、かつ、のんびりした毎日を過ごした二人は、それでも米系企業でバリバリ働く人たちも見ることができた。

 後半3週間を過ごすNYオフィスがどんな感じか、二人とも気になっていた。社長の武田というのは元々官僚だったが、米系外資経由で当社に移ってきた上、米国駐在となった人物だと聞いていた良子は、少し警戒していた。

 ビデオ面談で話したことあるのぞみはそれほど警戒してはいなくて、どちらかというと一緒に仕事するのを楽しみにしていた。武田は米国子会社に来てすぐに日本的規律と米国的規律をうまく融合して、機能的なオフィスに作り替えた遣り手と聞いていたのだ。

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