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月と六文銭・第二章(7)

 千堂せんどう綾乃あやの志賀しが直人なおと高坂こうさか健司けんじは、精肉卸売業者・清野せいの孝敏たかとしの存在を突き止めたが、なぜ、どうして、どうやって、を追い始めた…

~肉卸売業者・清野~


 翌日、律儀に清野はコウサカ・ケンジ=高坂健司を訪ねて、T自動車関越インター店に来た。高坂はエンジン診断機を接続して、点火信号の不調を確認した。清野の車は比較的台数が売れている車種だったので、エンジン・コントロール・ユニット、通称ECUの在庫が店にあったので、1時間以内に交換できます、と告げた。値段を告げたら、バカ高いものではなく、交換しないと次はどこでエンジンが止まってしまうか不安だったので、その場で交換を依頼した。
 清野が店舗内でゆっくりお茶を飲む間、高坂は車のECUを交換した。高坂は携帯電話で志賀に連絡して、スマートホンの画面に清野の車に仕掛けたGPSトラッカーが表示されるか確認した。ECUは直接エンジンから電気の供給があるので、エンジンが掛かっている限り、いや、バッタリーがつながっている限りGPS信号を発信する。結果的にほぼ完全に尾行できるようになった。

 夜間の入庫だったら、カーナビからGPSデータなどもコピーするところだったが、さすがに昼間で持ち主がそこにいるのに室内に入ってカーナビをいじっていたら怪しまれる。ECUを交換できたので、トラッカーの追跡で良しとしなければ。

 トラッカーの動いた跡を辿ると、清野の車は水曜の夜以外は高速ではなく、無料のバイパスを使って工場団地の倉庫とデパ地下を往復していたことが確認できた。
 水曜の夜だけは高速を急ぎ、途中1回降りてモールにある自分の倉庫に寄って、デパ地下店のあるデパートの地下荷下ろし場に来ていた。こうすることによって、他の日と同じ時間にデパ地下に到着できるわけだ。
 デパ地下の冷蔵庫は共同利用で複数の業者が鍵を持っていた。清野は長期保存肉は冷凍庫、すぐに店頭に並べる肉は冷蔵庫に入れた。冷凍庫はマイナス15~20度だったが、冷蔵庫はマイナス3~5度。寒冷地仕様の銃器には全く影響のないレベルだった。
 新潟ルートのパーツがはまり始めたと綾乃は上司・鈴木に途中経過を報告した。


「あれ、サエちゃん、今日もいないんですか?
 月曜も居なかったし、昨日もいなかったみたいですけど」

 田中はマスターに聞いた。

「今週は家族が来ていて、佐渡に行っているらしいですよ」
「ふーん」
「トキを親に見せたいと言ってましたよ」

 トキ:学名ニッポニア・ニッポン。ペリカン目トキ科トキ属に分類される鳥類。トキ属には、このトキしかいない。日本を生息地とする絶滅危惧種。綾乃はアリバイ作りのため、日帰りで佐渡に行き、自分の携帯電話とデジカメで写真をたくさん撮った。
 昼夜事実確認を詰め、高坂、志賀と今後の進め方を話した。最終的には鈴木すずきに報告して指示を受けることとなった。


 翌日の新潟地方協力本部での会議のため、鈴木は新潟市内のホテルに泊まっていた。同行した高田たかだ江口えぐちはそれぞれ一つ上と一つ下のフロアの部屋に泊まっていた。
 綾乃は従業員出入口から入って客室係に着替え、従業員用エレベーターでサービスフロアに上がり、そこからは階段を駆け上がり、鈴木の部屋のドアを2回1回2回に分けて叩いた。

 静かに開いたドアから綾乃は部屋に入り、鈴木を抱きしめた。杖をついている鈴木は綾乃の強烈なハグでバランスを崩しそうになった。

「パパ、久しぶりね」
「あぁ、地味な作業が多いから疲れるだろう?」
「まぁ、夕方からスナックで思い切り声を張り上げて歌っているから、いくらかはストレス発散になっているよ」
「そうか。
 この様子だと、自動車輸出と武器輸出がつながるな」
「ほぼ解明したよ。
 ただ現行犯じゃないとね。
 基地から持ち出す時か、車に組み込む時か、船に乗せる時か」
「相手も武装しているだろう」
「装備で作ってくれたこれが役立つかも」

 綾乃は両腕を上げ、両手首のブレスレットを鈴木に見せた。

「それは使わずに済むといいのだが…」
「使うために作ったから、今回使うことになるんじゃない」

 鈴木はちょっと寂しい目をした。娘が使命感に燃えて、銃弾に向かっていくような任務をしていることが誇らしいとともに、辛かった。


「お、そうだ、そろそろ琴乃ことのの命日だな」
「そうよ。
 お母さん、パパが来るのを待っているよ。
 お休みを取って行ってくれるの?」
「あぁ、そのつもりだ」

 嘘だった。鈴木が休むことなんてなかった。綾乃も知っていたが、江口も高田も働いている鈴木の姿しか見たことがない。セキュリティが万全の部屋でも寝ないし、3日徹夜した後も居眠りしたところを見たことがない。いや、車の中でウトウトすることはあったようだが、考え事をしていて、車の揺れで首が振れているだけだったのかもしれない。
 鈴木は爆弾テロ事件で脚が悪くなってからはさらに仕事に打ち込み、あまり家には居なかったものの、綾乃と綾乃の母親には優しかった。本当の父を知らない綾乃には、母のパートナーというよりも、頼もしい父親だった。子供の頃は父親、保護者、守護者だった。そして、母が亡くなってからは、急速に自分のパートナーへと変貌した。

「アタシと一緒に行く?」
「多分、予定が合わないだろう。
 江口君が一緒じゃないと高田君がOKしないだろうし」
「おもしろいね。
 二人ともパパの部下なのに、部下に許可をもらうボスって聞いたことないよ」

 綾乃は父のおかげで日本が侵略されず、ミサイルが降ってくることもなく、外国にある日本の大使館が占拠されることもないのを知っていた。人には言えないが、父は日本国を守ることに命も自分の体の半分も捧げてきた。だから自分も少しでも手伝いたい、助けたいと思ってきた。

「ねぁ、今夜くらいは少し休んで」

 綾乃は鈴木の杖を取り上げ、ベッドへといざなって、添い寝をして休ませた。これくらいしないとずっと資料を読み、ずっと報告書を書き、ずっと指示を出し続ける人だった。

「パパ、おやすみ」

 頬にキスをして目を閉じたら、残念ながら綾乃の方が先に眠ってしまった。


 はっと目が覚めて、くるっと部屋を見回すと、鈴木が机でメモをまとめていた。

「またレポートを書いているの?」
「あぁ、ジェイアイシー(JIC=合同情報委員会)用報告書の下書きをしているところだよ」
「ちゃんと休んでよ!
 パパが倒れたら日本はどうなるのよ?」
「ありがとう。
 お前はいつも優しいな」

 綾乃はほっぺを膨らませて、小動物のような顔をして鈴木を睨んだが、鈴木は微笑むだけだった。

「お墓参り、一緒に行けそうだったら、連絡してね」

 綾乃は鈴木の頬にキスして、バスルームに向かった。

「あ、これ、トキの写真。
 報告資料には入れないと思うけど、見てね。
 きれいだったよ、トキ」

 遠くの地平線が明るくなり始めたので、綾乃は軽くシャワーを浴び、身支度を整え、ホテルの制服を再び着て、静かに部屋を出ていった。
 鈴木は、ノートPCの横に綾乃が置いていったSDカードをスロットに入れて、フォルダを開いた。ウィンクしている綾乃の写真が一枚と佐渡トキ保護センターで撮ったトキの写真がたくさん格納されていた。

 既に厨房では宿泊客用の朝食の準備が始まっていて、業者の出入りに紛れて綾乃はホテルを去った。
 トラッカーや爆弾が仕掛けられていないか“社用車”のチェックをしていた江口がボンネットから顔を上げた時、後姿が綾乃に似た夜勤明けのホテル従業員が軽自動車に乗り込むのが目に入った。

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八反満
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