月と六文銭・第十六章(2)
武田は完全に疑いが晴れたわけではないが、台湾人留学生リュウショウハンの支援要請に応じてみようと考えていた。
中国人工作員グループに狙われている今、思慮の足りない行動とは分かっていたものの、好奇心に勝てず、自分なりにリスクを計算した上での行動だと思うことにして、前回と同じイタリアンレストランで会うことにした。
~充満激情~
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***先週のランチの回想***
リュウショウハンとは交換したラインを通じて、赤坂見附でランチをすることとなった。
一度しか会ったことのない男性に積極的にラインで連絡を取り、食事しましょうと提案してくる女性だと、単に食事をしたいわけではないのは分かっていた。予想通り、リュウは生活の援助を依頼してきた。
武田がビジネスなどをしてきた経験から中国人は単刀直入に本題に入ることを知っていたが、リュウは日本にしばらく住んでいたし、周囲にもある程度の数の日本人がいること、そして、日本人である自分と交渉していることを認識しているのか、食事の最後まで本題に入らなかった。
食事も終わろうという頃に意を決して武田にパパ活を提案してきた。
パパ活には、食事や外出に同伴してお手当という名目でお金を受け取るケースもあれば、肉体関係を伴う、彼女らの言葉では「大人の関係」までを含むケースもあり、セックスはしないが「洗いっこ」と称して一緒に入浴して性器を触ったり、「プチ大人」と呼ばれる挿入はしないがそれ以外の性的行為(オーラルセックス等)をするケースなど様々だった。
米国にはエスコートという限りなく黒に近いグレーなサービス業態があるのを知っている武田にとって、日本のキャバクラもパパ活も半端な感じがしていたが、日本では誰ともこの手の話をしたことがなかった…。
目の前に座っているリュウがかなり思い詰めていることは分かったので、武田としてもその場しのぎの半端な返事は避けたかった。
リュウは一歩踏み込んで肉体関係を提案してきたものの、「エッチ」という言葉を使った。
リュウなりになるべく明るく軽い感じにしたかったのだろう。「セックス」とストレートに言えば自分が積極的だと取られるし、「アレ」とか「夜のこと」と表現したら消極的で仕方なくしなくちゃいけないと受け取られ、断られる確率が上げるのを避けたかったのだろうか。
月に数回そうした行為で、ある程度の金額を得たいことも伝えてきた。確かにコンビニのアルバイトでは、最低賃金掛ける働いた時間数しかお金は得られない。働ける時間にも得られる金額にも上限があり、人によっては効率が悪いという言い方をするだろう。
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武田が大学生だった時期に既にバブル経済ははじけていたものの、しばらくは女子大学生が学業の時間を確保するために効率よいアルバイトとして性風俗に流れ込んでいた。知人学生がそういうことをしていることを知って武田は複雑な心境になったことを覚えている。
最も厳しかったのは、企業が不景気を理由に採用を絞った結果、就職できずにそのまま風俗嬢を続けた学生がいて、結局、心身ともにボロボロになって地元に帰っていった子もいたことだ。
夢も希望もあって、大学に入ったのに、経済状況や景気次第で採用を拡大したり縮小したりする企業の身勝手さに腹を立てたものだ。自分自身も影響を受けたことを否定しない。そして、企業があの時期に採用を絞ったせいで、今では必要な中間層や管理職層が不足していて、歪んだデモグラフィーに苦しんでいた。
武田の勤めるAGI投信でも、今一番必要なリーダー層及びマネージャー層が薄く、若干下駄を履かせて引き上げたその下の層が指導力不足でパワハラ問題を起こしたり、セクハラで社内110番に通報されたり、対外的には契約をクロージングができなかったり、弊害がかなり出ていた。
外部からこのギャップを埋めるにも、それなりのトレーニングを受けてきた層が存在しないから、中途採用でも対応できない。
その直前の新卒採用状況は逆で、好景気、いわゆるバブル経済だったため、大企業は競って大量に人員を採用し、将来ポストが不足することが見込まれていたにもかかわらず、平成元年と平成5年では2倍近い採用人数の違いが発生した企業もざらだった。武田も少し上の先輩や企業で会った社員が、これまでのその企業のレベルには達していないのによく採用されたなと感じざるを得ない程度の人たちだったことに驚いた記憶があった。
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リュウにとって、武田が既婚だろうが、交際相手がいようが、あまり関係ないといった感じだった。極端に言えば、自分が身を捧げるので、相応の報酬がもらいたい。自分は交際相手と別れたことを告げ、武田が面倒なことに巻き込まれることはないから安心してほしい、と言いたかったようだ。
パパ活のアイディアは同級生から得たのだとリュウは言った。同級生はアプリで相手を見つけたということだったが、マッチングアプリの中でもパパ活目的で利用しやすいような雰囲気の物が急速に普及していた。利用者の大半が大学生や若いOLで、相手となるのが「パパ」と言える年齢層や所得層の男性がメインだ。しかし、少なからず、面白がって使っている若いサラリーマンも一部にはいた。
リュウは初めから武田がすぐに返事できないことを予想していたのか、俗に「月極め」と呼ばれる毎月の手当を確定する前に、「都度払い」を提案した。都度払いというのは、食事の同伴など何かパパ活をした「その都度」お手当を払うことから都度払いと呼ばれていた。
昼間から外国人大学生にパパ活を提案された武田は、一歩引いて客観的に状況を見つめる必要があったため、即答せず、少なくとも翌週まで回答をしないとその場で判断して、リュウに伝えた。
リュウが想定している金額は問題にならないだろうし、二人きりになったら、それなりに尽くしてくれるだろうと思われた。田口静香の体の秘密を知ってしまってから、女性の体の神秘に囚われている武田にしてみたら、中国人は何らかの秘技・房術を持っているのではないかとの好奇心を無視することができないでいた。
英語のことわざにcuriosity killed the catというのがあり、「過度の好奇心は身を滅ぼす」或いは「無謀な試行は大事故に繋がる」という意味の言葉だ。武田の性に関する過度の興味は彼の身を亡ぼす可能性があると言えた。
だからこそ、自分を守護天使のように見守ってくれている田口はほかの女性に興味が向かないよう、自分の体の秘密を駆使して武田の気持ちを惹き付けて、放さないようにしていたのかもしれなかった。
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田口の体は不思議な動きで武田の心を捉えていたことは確かだが、世の中にはもっとすごい女性、変わった機能を有する女性がいるはずだと思うと、武田の好奇心、探求心は頭をもたげて彼を突き進むように仕向けてしまうのだ。
レースクィーン兼モデルの「しーたま」はジムに通ってしなやかなボディをキープしていたが、大柄の割には入り口も通路も狭く、気持ち良く締めてきたことが意外だったこともあって、女性は見た目だけでは判断できないことを理解しているだけに武田の好奇心を止めるのは難しかった。
また、武田は成熟した男性のはずなのに、大きな胸に対する憧れは引き続き持っていた。機会があるごとに田口が自分の谷間を見せ、彼を刺激しつ続けたのはこういう嗜好を理解していたからかもしれない。
幸いと言っては失礼だが、リュウは武田が見つめるほど胸が大きかったわけではなかった。形は良さそうだったが、せいぜいCカップだろう。彼女がワンピースの胸元を広げ、縁にレースのついたかわいらしいブラジャーとあまり深くない谷間を見せた時、ぐっと引き込まれなかったのはそうした理由があった。どんなブラジャーをしていたか、色、柄、素材・生地は完璧に覚えていたが…。
リュウは初めての食事でパパ活の手当ての話もしたかったようで、友人が彼女のパパとその話をして、決めていたと主張した。武田は話しがあまりにも早く進んでいることにブレーキを掛けようと、翌週会うことにして話を打ち切った。
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