天使と悪魔・聖アナスタシア学園(18)
第十八章
~歪んだ欲望、澄んだ体と心~
「先生、今夜は来てくれてありがとう。
気持ち良かったわ。
私の一生の思い出にするわ」
「そうか」
斉藤の霊は振り向きながら、ユリからは見えない角度で、薄ら笑いを浮かべて立ち上がった。
「満足できたかな?」
「えぇ、とても。
でも、一度きりにしておくわ。
何度もというのは良くない気がしてきた」
ユリは斉藤の修道服の前を閉めて、紐を結んであげた。そして、自分も修道服の乱れを直し、紐を結んで前を閉じた。敬虔な教会員のような姿で出てきた二人を迎えたのが好奇の眼差しだったのは仕方がないが、他の子に比べて時間が短かったことに全員が少なからず驚いた。
ユリがこういう時に取る行動がどういうものか誰も知らなかったから、斉藤との時間がユリにとって長かったのか、短かったのかは測れなかった。まぁ、本人が十分だと思ったから斉藤を連れて出てきたのだと理解するしかなかった。
西の部屋を二人は手を繋いで出てきた。そのまま窓辺に向かうのかと思ったが、ユリは途中、仲間の近くで歩みを止め、斉藤の手を引いて止め、振り向かせて、修道服の留めを上から順に引っ張ってはずした。
修道服の前が開けたので、ユリは両袖を引っ張り、修道服が床に落ちるようにした。重たい布地でできているせいか、バサッと地面に落ちた。
<え、そんなに大きかったんだ?!>
裸となった斉藤の股間にゆり子と帆波と梨花の視線が集中した。帆波と梨花の数学の授業担当が斉藤だった。こんな姿を見るとは思っていなかったので、なおさらインパクトが大きかった。
彼が登場した時は何となく視線を床に落としていたが、帰りはもう頭を挙げているので、斉藤の顔も体も、股間のモノもはっきりと見ることができた。しかも、その大きなモノがユリに入っていたかと思うと、どこか羨ましいと感じてしまったのだ。
ゆり子は別の感情が湧いていた。ユリが興味ある聖也が気になっていたが、今度は斉藤が気になり始めていた。ゆり子は他人の物を欲しがる傾向があるのだ。
<ユリは斉藤の声を聴いて濡れるって言っていたけど、アタシはもっと直接的で、あの股間の逸物を見たらアソコが濡れたわ。>
ゆり子はずっと見ていたら濡れるのが停まらないと思ったのか、仕方なく目を逸らした。
<さすがにユリも本物とはしないよね?!アタシもさすがに学園の先生とはしないけどね>
ゆり子が目線を外した瞬間、斉藤は窓辺へと向かって歩き出した。ユリは少し名残惜しそうにその背中を見つめていた。彼はそのまま窓辺へと歩き続け、窓から外に出てしまうのかと思った瞬間、窓が開いた。風が吹き込こんで、煙が吹き飛ばされるように斉藤の姿は視界から消えてしまった。
ユリも結界の自分の位置に戻り、頭を下げた状態で座っていた。
斉藤と入れ替わりで別の煙の塊が吹き込み、五芒星の中央で再度竜巻が起こって、その中に斉藤の顔が見えていた。
「ファービウス・ユーリカウ、サイトウ・ユウトとの時間はどうだった?」
いつの間にかユリの後ろにルキフェルが立っていた。ユリは振り向くことなく、深々と頭を下げて、床を見つめ、耳を澄ませた。
「大天使ルキフェル様、このような機会を頂きまして、ありがとうございました」
「有意義だったと思って良いのか?」
「はい、有意義な時間となりました」
「お前の欲求は満たされたか?」
「はい、望んだことはできました」
「そうか。もうサイトウは元の場所に戻した」
「は、無事に魂が肉体に戻り、次に太陽が昇る瞬間に新しい朝を迎えられることでしょう」
「ほぉ、お前もよく勉強しているようだな」
「はい、一度は体を重ねた相手ならば、無事かは気になりますし、マサミンからはいつでも代わりが勤められるよう降霊術について学んでおります」
「お前のその優しさはとても大事な素質だし、降霊の術を理解しておいた方がいいと儂も思う」
「お褒め頂き、ありがとうございます」
「今宵の降霊、お前が満足で、他の列席の者が納得しているなら、滞りなく終始したとするぞ」
マサミは司会の神官役として、最後「締めの言葉」を発した。
「大天使ルキフェル様、今宵は私たちの願いをお聞きくださり、ユーリカウの望みを叶えてくださりありがとうございました」
「人間の魂を連れてくることなど、造作もない」
「私たちにとって、ルキフェル様が望みを叶えてくださるからこその降霊であって、ルキフェル様なくしては成り立たない行いです。次に月と南の星が重なり、西の方角に風が吹いた時に、また私たちの願いを聞いていただきたく思います」
「して、誰が願いを表明する番だ?」
順番を気にしていた優子の番で、これは変わってはいなかった。優子の苗字が倉持だったので、バレリウス・クラモティウス・ユウコリンと呼ばれることになっていた。優子自身は「どこかの星から来た変なアイドルみたいな名前で、ちょっとなぁ」と初めは嫌がった。ゆり子と帆波が普段でもユウコリンと言って"いじる"からで、普通のクラスメイトはまさか降霊の際に名乗っている名前とは想像もできなかっただろう。
しかも、優子が例の叔父を呼び出してからは、彼の名前が博だったことからバレリウス・クラモティウス・ヒロシスキとこれまた優子をいじるネタになっていた。
「大天使ルキフェル様、私の右隣に座すバレリウス・クラモティウス・ユウコリンがその時、自らの願いを申し上げることとなっております」
「ユウコリンか」
「はい、私めでございます」
「ユウコリン、少し時間が経ったが、お前は、あの血縁者と交わりたいのか?」
「はい、おっしゃる通り、あの縁者と交わりたいと思っております」
優子は臆することなく、自分の願望を伝えた。もうほかの八人は驚かない。現実の世界では絶対に叶わない願いであること、優子が現実世界で実行することがないことの二つから、理解を示すようになったのだ。
クラスでゆり子と帆波が優子をいじるのは、それが正常化した証拠でもあった。初めは全員がショックでその話題を出すことも憚られ、帆波などは数日の間、優子をまともに見ることができなかったのだから。もちろん、そのいじりの中身を誰かに話すことは今後もないだろう。
「よし、身を清めて、待っておれ。当たり前だが、お前の年齢で禁制品を口にしてはならぬぞ」
確かに、ゆり子がカッコつけて煙草を吸ったことがあったが、ルキフェルがゆり子の肺に煙の影が見えると言って、降霊を断ったことがあった。泣きながら何も疑わしいことがないと訴えたが、ルキフェルはその様子を説明してゆり子を黙らせた。
「儂の世界にはないが、精神を和ませる効果があるという。薬ではないが、その成分を必要としている時点で人間の弱さの証しでしかない。若いお前たちが弱いのは当たり前だ。そのようなものに興味を持ったり、頼ったり、依存したりしては次の世代に影響が残るぞ。儂はあの匂いが嫌いだ。二度と言わないぞ、セイラ・へレス・ユリカイア、お前は煙草を吸ったな?」
「は、申し訳ありません、吸いました」
「禁制品はいかんと注意したし、マサミンからも聞いておろうが!それが儂が今宵の降霊を断る理由じゃ。覆してみよ!」
覆せるはずがない。タバコは禁制品として、使用が禁じられていた。酔って降霊に参加することも同じく禁じられていたし、これは高校生には守りやすかった。どちらかというとタバコと薬物の誘惑が抗しにくいと言えたが、幸い聖アナスタシア学園に薬禍はなかった。海外の学園ではこうした問題は割と多く、性的被害と並んで学園存続の危機に発展することもあった。
「ユウコリン」
「は、大天使様、ここにおります」
「お前はよくわかっていると思うが、よいな、禁制品、品性、乱倫」
「はい、いずれの戒も必ず守ります」
ルキフェルはそのまま開いている窓から出て行ったのかのように、煙も部屋から消え、窓も自分で閉まった。