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月と六文銭・第十八章(15)

 竜攘虎搏リュウジョウコハク:竜が払い(攘)、虎が殴る(搏)ということで、竜と虎が激しい戦いをすること。強大な力量を持ち、実力が伯仲する二人を示す文言として竜虎に喩えられ、力量が互角の者同士が激しい戦いを繰り広げることを竜攘虎搏と表現する。

 武田に同盟国から仕事の依頼が入った。その連絡役として、英国大使館員が来訪することになった。
 そして、どうせ新しい銃を使用するなら、ちょっと試したいことを思いついたりもした。

~竜攘虎搏~

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 一般にも普及してしまった「デスク・ジョッキー」という単語は机から指示を出してばかりの情報部員を指す。現場工作員からしたら「何も分かっていないのに本部でふんぞり返って指示を出すばかりの者」を指し、正直、迷惑な存在だ。もちろんディスク・ジョッキーをもじった表現だが、分かりやす過ぎて瞬く間に世界中に広がった。
 米国では「ペーパー・プッシャー、紙を押す人=書類を回すのが仕事の人」と呼ぶ。これも情報の世界では嫌われるタイプで、現場を知らないくせに分かったようなことを言って現場工作員に無理をさせるタイプのことだった。やがては官僚や会社の中の仕事のできない管理職を指す言葉となり、こちらも瞬く間に世界中に広まった。

 英国大使館が現在の日本経済の現状についての見方を聴取し、本国に報告書を作成するために武田のエコノミック・ビューを聴取したいという、いかにも経済分析担当官の業務らしい理由をつけてウォードシャイヤが千代田区半蔵門から皇居を三分の一周回って霞が関に来たのだ。
 武田はウォードシャイヤを会社の受付で迎え、あまり監視カメラに写らないよう、さっさと会議室に案内した。

「お電話では」
「ありがとうございます。
 このビルにオフィスがあるのですね」
「はい、金融庁が近いので届け出などに便利ですので」
「本業では、便利ですね」
「はい」
「あ、ごめんなさい、エミリーと呼んでください」
「テツヤです。
 新しいビルのため、cctvが多くて」

 cctvとは英語圏では監視カメラのことを指す。

「はい、アナタも私もあまり画像記録に残らない方がいいですし、ましてや一緒にいる時の記録は極力残さない方がいいですよね」
「初めはそう思ったのですが、訪問記録には『英大使館員の公式訪問』とさせていただいていますので、逆に今後は定期的にいらしていただくとカバーが楽になります」
「それは楽しみだわ、下のフロアのレストラン、美味しそうなところが多くて…」
「この後、行きましょう」
「大丈夫ですか?」
「大使館員の正式な取材訪問ですので、問題ないでしょう。
 或いは、ここにケータリングさせますか?
 下のレストランから注文できますので」
「それは素敵ですが、実際に下のレストランに行ってみたいです」
「分かりました。
 ところで、日本は長いのですか?」

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「2年過ぎて、今3年目です。
 直前はベルリン大使館に3年ほどいました。
 その前がフランクフルト領事館で」

 ウォードシャイヤは日本駐在前はベルリンに駐在して、ある程度は武田の行動の根拠を理解していた。逆に、彼女が到着してから受付に迎えに行くのではなく、受付前で到着を待っていたことを好ましく思っているようだった。
 武田はニコニコして「良かったです」と言ったが、単に1階の受付ゲートを通過するとメールで通知が来るので、それを見てすぐに行動しただけのことだった。
 しかし、人の印象というのは様々なので、印象が良くなる方に行動しておいた方がいいだろう。
 武田は契約社員(=インディペンデント・コントラクター)だったので、デスク・ジョッキーやペーパー・プッシャーに振り回されることがなくて幸いと思っていた。

「ベルリンはだいぶ変わったみたいですね。
 フランクフルトはそれほどではないのでしょうけど、私がベルリンに行ったのは壁の崩壊直後でブランデンブルク門の周りには何もなく、議会も損傷したままでした」
「フィフス・アベニューや銀座と変わりません」
「時代を感じます」
「壁の崩壊時、私は十歳くらいでしたので、イメージは全てニュース映像ですけどね」
「そうでしょうね。
 最近お会いする方にとって、「ベルリンの壁崩壊」は歴史の教科書の記述で覚えるものらしいので、時代を感じます」
「それは仕方がないです。
 私達よりも上の年代に人にとって、我々が二次大戦を直接知らないとの同じでしょう」
「それはそうですが…。
 さて、どのように貴国からのお客さんをお守りしたらいいですか?」
「恵比寿のガーデンホテルのラウンジで中国人の観光客・陳恒心チェン・グースィンと休暇中の英国軍人ジャン・ギリー海兵隊少佐がお茶を飲みます。
 USBを受け取り、英国人がタクシーで現場を離れるまで、それを奪われないようにすることと英国人或いは彼が持っているUSBが狙撃されないようにすることをお願いします」

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「観光客の方は?」
「そこに宿泊しますので、そのまま、建物内に留まります。
 基本、対応不要です。
 当方のエイジェントが無事に現場を離れられれば十分です。
 恵比寿エリアを離れたら成功と評価して米国の兄弟会社からサービスフィーをお支払いいたします」
「仮に赤のスナイパーと撃ち合いになったら?」
「当方はサポートができませんので、ご無事を祈っています」
「火器の指定は?」
「ありません。
 使い慣れた物をご使用ください。
 お聞きと思いますが、何かあっても英国政府は関与を否定します。
 しかし、必要があれば、ご希望の火器を届けさせます」
「昔ながらのデッド・ドロップが良さそうですね」

 デッド・ドロップというのは、物品の引き渡し方法の一つだ。直接会って手渡しをするわけではなく、物品や情報を用意し、コインローカーなら鍵を第三者経由で受取って物品を取りに行くとか、USBなら決まった場所に置いてそれを取りに行くとか、ゴミ箱にゴミに見せかけて置いてそれを拾いに行く、などの方法がある。

「場所は?」
「東京ステーションホテルの受付か東京駅地下のグランスタ、新幹線のクロークも便利です」
「分かりました。
 早急に会合日時を確定して、連絡します。
 準備が間に合わない場合はすぐに連絡をください」
「いや、今の予定では問題ありません。既に地理は確認済みです。
 セントラル・ティー・ラウンジを使い、タクシー乗り場は西フロントを使うよう船員さんにお伝えください」
「伝えて、必ず守らせます」

 予定変更にはある程度対応できることをお互いに確認できたため、会合は終わった。武田はウォードシャイヤに会社の資料をたくさん持たせた。

<今回はイワダンを使わせてもらおう。ちょうどいい。まぁ、撃たずに終わる可能性が高いが>

「エミリー、てんぷらは好きですか?」
「日本のエビは美味しいので、大好きです」
「3階の天辰てんたつがおいしいので、そこでお昼ご飯を食べませんか?」
「テンタツ?」
「はい、オーナーが辰年=year of the dragon生まれで天ぷらのお店を出した時に着けた名前だそうです」
「ほう、ぜひ一緒に行きましょう」
「はい」

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 武田は使ってみたい弾丸があるのを思い出してウォードシャイヤに取敢えず提案してみることにした。

「それではてんぷら、行きましょうか」
「はい」
「大丈夫です、今行ったらカメラに写りにくい席に座れます」
「さすがね」
「ところで、火器に関連して、N762DUとN762Wを2ケースずつ届けていただけますか」
NATOネイトーバレルとスタンダードマガジンを使用されるの?」
「どれくらいのファイヤ・ファイトになるか分かりませんので、マガジンは最低2つ、可能なら3つは持ち込みたいです」
「東京のど真ん中で銃撃戦を展開するほどの火力が必要になりそうなのですか?」
「あっち側がどのような火力・戦力を投入するか分かりませんが、特殊部隊や敏腕スナイパーでしたらどんな状況になるかは不明、つまり私は想定不可能な範囲まで考えておかないといけないことになりますよね?」
「そうですね、理解しました。
 本部に申請し、早急に手配します」
「ありがとうございます。
 天ぷら、行きましょう」

 ウォードシャイヤは武田と楽しく天ぷらを食べた。

「軽いですね、ここのテンプラ」
「はい、先日聞いたところ、油の配合と揚げる温度をかなり細かく調整しているようです」
「配合?」
「天ぷらを揚げる油の中身、混ぜる種類の比率を季節ごとに変更して、揚げるスピードと香りに工夫しているということでした」
「油を変えると軽く揚がるのですか?
 油に浸ける時間を短くするのは理解できますが」
「油の種類によっては火の通りが違いますし、香りがいろいろつくよりも素材にマッチしたものをつけているようです」
「確かに、カリっとしていたり、パリパリしていたり、しっとりしていたりして、口当たり、歯触り、舌触りがいいですね」

 武田は日本文化に理解のある人が好きだった。自国には自国の良さがあるのは当然だが、他国に来て、そこの批判ばかりしている人はどうも付き合いにくいと思っている。

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八反満
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