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月と六文銭・第十三章(3)

 武田は同僚工作員の田口たぐち静香しずかがいかに怖いかを思い出さざるを得なかった。快感に酔って田口の頭を掴み、最後まで手を放さなかったのは大きな間違いだった。この行為を屈辱的に感じた田口は、静かに反撃を開始した。

~コードレッド~(3)


 田口はバルベラ・ダルバのグラスを挙げ、ニコッと微笑んで、武田がグラスを挙げるのを待った。武田は急いでグラスを持ち上げ、軽く当て、田口を見つめた。
「かんぱ~い!」
 田口がそう言うと武田もつられて、かんぱい、と応じた。
 二人ともグラスを口に運んで一口飲み、テーブルにグラスを戻したところで、田口の次の発言が武田を恐怖のドン底に突き落とした。
「次、同じことをしたら、遠慮なく切り落としますからね、武田さんの」
 テーブルが間にあるので、実際には見えないものの、田口は武田の股間がある辺りを見つめた。
 武田の手にあった赤ワインが自分の血の色に見えて、部屋中に聞こえたかと思うくらいゴクリと喉を鳴らしてしまった。
「あら、怖かったですか、今の私の言葉?
 武田さんだって、女性にペニスを噛まれたら、いくら好きな女性でも許さないですよね?
 私の場合、全然息ができなかったし、口とはいえ、私の存在自体を凌辱されたと感じました。
 今回は指令を受けているので、辛うじて我慢しましたが、次回は自分を凌辱した存在、つまりあなたのペニスを切り落としますからね」
 田口はにっこりと微笑みながら真っ直ぐ武田を見つめて言い放った。
 武田は冷静さを取り戻そうと、ゆっくり呼吸したが、映画のワンシーンのように、下半身から大量の血を流して床で息絶えている自分を想像してブルっと震えた。多分実際には、股間から血を流した無残な姿をさらすことになるだろう。

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 田口はクスッと笑いながら、武田を落ち着かせようとゆっくり話しかけた。
「映画の見過ぎですよ。
 ペニスを切り落とされても、人間は簡単には死なないですよ。
 宦官かんがんというのは聞いたことがないですか?
 去勢、つまり男性器を切り取られた、王宮などで事務を司る職にある者たちがいました。
 野心がないことを示すためとか、後宮の女性と交わることができないようにするためとか、いろいろ理由はあったのでしょうけど、男性器を切り取られても普通に仕事ができたそうよ。
 まあ、ペニスを切った後、お腹を横一文字に切り開いたり、首の血管を切ったりしたら演出効果は抜群ですが」
 石の様に硬くなった武田の顔はもはや血の気はなく、口は半分開いたままだった。今にも唇の端からワインがこぼれ出そうだった。
「ただ、そういうのは誰かに対する警告やメッセージだったりします。
 この場合、誰に対する警告でもなく、直接のターゲットは武田さんだから意味がないですね」
 何か言おうと口を動かそうとした武田だったが、言葉が出なかった。
「しかし、勘違いしないで欲しいのですが、久ぶりに私を満足させてくれるモノなので、そういうことはしたくありません。
 今後は出す場所、いや、出し方を間違えないでくださいね」
 そう言って、田口は右目が正面に来るように首を少し回し、ウィンクした。
 その瞬間、メデューサに石にされていた感じの武田は再び動けるようになり、口の中の残りのワインをようやく飲み込んだ。
「あぁ、もちろん、気を付けます」

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 田口は武田の返事に満足したのか、にっこり笑って、赤いワインを口に運んだ。滑らかな液体が唇を通り、舌を包み、喉を潤した。
「ありがとうございます。
 私も人間ですので、いつもいつも冷静に行動できるわけではありません。
 つい感情が爆発して、気が付いたら、武田さんのペニスが床に落ちていて、私の顔が血だらけになっている事態は、私もあなた以上に避けたいので…」
「それは、も、もちろんです」
 額の汗が少し引いたが、依然として緊張状態が続いている武田に向かって、田口は危険な誘いをかけた。
「お食事が終わったら、お部屋に戻って、続きをしましょ!
 気持ち良くて口に出しちゃうのは仕方がないですが、今度は頭を押さえつけないでくださいね」
 田口はアップにしていた髪から髪留めを抜いて、武田の前に置いた。
 かんざしのように尖っていて、ペニスを切り落とすよりも串刺し出来そうだったし、心臓や喉を貫くことが可能な武器に見えた。
 武田はもう今夜は勃たないかもしれないと思い始めていた。
 そういう顔つきをしていたのだろう、田口は武田の考えを読んで、こう続けた。
「大丈夫ですよ。
 元気にならないなら、私が元気にして差し上げますから」
 田口はあの不敵な笑みを浮かべ、テーブルの下でエナメルのパンプスを脱ぎ、武田の股間に足を延ばした。下から撫で上げるような感じで、足を動かし、武田の男根が硬くなり始めたのを確認していた。

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 レストランを出る時、武田は膨らんだズボンの前を隠すように、田口に前を歩かせた。
 エレベーターの中では田口が武田の斜め前に立ち、監視カメラの死角に入った右手で武田の勃起を維持するよう撫でていた。
 いつもなら、武田がカメラの死角を利用して、女性の尻を撫でたり、後ろから胸を掴んで揉んだりするのが、今夜は飼い主に連れられて歩く犬の様に、大人しく田口のリードに従った。

 その晩、部屋に戻ってから田口は武田の口と指で2回達した後、体位を変えながら、深く、浅く、何度も絶頂へと押し上げられた。最後はしっかり腰を掴まれ、ブリッジを作り、全身を痙攣させて達した。
 田口はぐったりするほど深く達したようで、胸がやや激しく上下に動き、右に首を傾けたまま、舌が口から出かかっていた。女性器から流れ出る精液を拭こうとした武田の手を軽く払いのけた手もそのままだらんと体の横に落ちた。
 田口の荒かった息が静かに整い、寝息へと変わっていった。規則正しく胸が上下した。安らかに眠っているようだった。
 武田は田口の寝顔を覗き込もうとして、顔を向けたら田口と目が合ってしまい、ぎょっとした。しかも、田口は武田のみぞおちを突き上げられるよう人差し指と中指を伸ばし、残りの指は握っていた。自分の手を払いのけたまま、だらんとしていた手にいつの間にか力がこもっていた。
 武田は静かにその手の上に自分の手を乗せて、緊張を解いた。田口の手からは力が抜け、再び寝息が聞こえた。それを聞いて、少し安堵したというのが本音だった。武田は田口が寝ていても緊張状態が続いていて、本当の意味では休まらないと思っていたので、これくらい寝息を立てているということは、ある程度深い眠りとなっていると思いたかった。

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八反満
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