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月と六文銭・第二章(9)
千堂綾乃達は、米軍の最新鋭狙撃銃が新潟に配備されることから、清野や酒井、高端に何らかの動きがあるだろうと予想して…
~ワンダー・ウーマン・トリュー・ストーリー2~
1
綾乃はバイパスに近い南東門の警務官が一人で待機していたジープに飛び乗って、ゲートを通過したトラックを追った。
警務官というのは、自衛隊内で秩序維持の職務に専従する、いわば警察官の役割を果たしている職員/隊員である。刑事訴訟法の規定による司法警察員として職務を行うこととなっていて、自衛官身分証明書とは別に警察官の警察手帳に相当する「警務手帳」を携帯することとなっている。
「小火器、積んでる?」
「ハチキュウ(89式)2丁、9ミリ(シグ)が2丁」
「大丈夫かなぁ…」
綾乃は運転しながらトラックの隊員が反撃に出た場合の火力の差を計算していた。
トラックは国道から市道に入り、バイパスから外れていった。
「見えた!
あれよ!」
警務官は89式を構えた。搬送トラックの先には中型の冷蔵車が止まっていた。
「やっぱり!」
綾乃は警務官に聞こえるようの叫び、ジャケットの中のホルスターからイェリコを取り出して、ジープのフロントガラスの横から出して撃つ構えをした。
警務官は馴染みのない銃に驚きながらも同様にフロントガラスの上から89式の銃口を前方のトラックに向けた。
ジープは、2台のトラックの10~15メーター手前でスキッドしながら斜めに停まり、2人は助手席側から飛び降りて、ジープを盾にした。
「何をしている!」
警務官が叫んだが、トラック運転手と助手席の2人は銃で撃ってきて、民間人は右の茂みの方へ走り出した。
「トラック要員を!
一般人を追う!」
綾乃は叫んで警務官とは逆の方向に走り出した。
警務官はトラック運転手と交戦になった。綾乃は民間人を追った。他人を信用しないのか、銃器の取引現場に清野自身が来ていたのだ。
清野は振り返りながら拳銃を撃ち、綾乃は腕を交差させて、両手首のブレスレットで顔を守った。綾乃のブレスレットはチタンとケブラーの多層構造の防弾仕様で、アクセサリーとして身に付けていても分からないようにデザインしたものだった。
制服の下に着ていたケブラー製のボディスーツは中口径の拳銃の弾までは耐えられるはずだった。無論、まっすぐに撃たれたら貫通するので、弾を避けたり、ブレスレットで弾をはじきながら清野を追い詰めた。
撃った弾をはじかれ、清野は目を丸くしながら、最後は綾乃にタックルされた。
警務官ではない事務官の綾乃は、手錠を持っていなかったので、制服のベルトで後ろ手に清野の両腕を縛り上げ、脇に銃を当てながらトラックが2台止まっている道まで戻った。
2
警務官はトラックの一人を手錠と捕縄で縛り、もう一人は手錠ではなく、プラスチックのコードストラップで腕と脚を留めて、逃げないように銃で狙いをつけていた。無線で応援を呼んだようだったが、取り敢えずは女性事務官が無事で安堵したようだった。
「いやー、危なかったねぇ!
おじさん一人確保しました!」
綾乃は明るく言ったが、警務官は綾乃が民間人の脇腹に押しつけている銃が気になって仕方がない様子。
「君、その銃は?」
「あぁ、あたし、手が小さいから特別支給品です!」
綾乃はイスラエル兵器社の主力拳銃イェリコ38をさっとホルスターにしまい、ジャケットを被せた。特殊作戦用に細めのグリップに38口径の弾を13発格納できる、決して手が小さい人向けの護身用の銃ではなかった。自衛隊では採用も支給もされていない銃器の所持は問題となりかねなかったので、警務官からも隠す必要があった。
3
高性能狙撃銃は回収され、精肉卸売業者・清野孝敏と自動車ディーラー・酒井忠は新潟県警に逮捕された。
清野は祖父の代から北朝鮮の援助を受ける代わりに、密輸に関与していた。初めは純粋に車を輸出していたが、徐々にガソリンタンク内にコンピューターの部品、工作機械の部品、そして、基地から盗み出された銃器を隠すようになっていった。
加担していた自衛官、田中と“上司”の高端は処分された。事情聴取で田中は北朝鮮に脅されていたこと、親がその過程で殺され、次は妻と子供をターゲットにすると言われたことを告白した。高端と共同で装備の横流しを実行していたことから、今回の処分で、北朝鮮とのかかわりがなくなり、結果的には良かったのかもしれなかった。
トラック運転員の2名は高端と共謀して、以前も武器の横流しに加担していた。
自衛隊サイドのリーダー、高端は不正蓄財のために機密の漏洩に手を染めていて、以前勤務していた鳥取地方協力本部時代に韓国人留学生に扮した北朝鮮の工作員に接触されたのが発端だった。
犯人たちを確保した警務官は、銃器の強奪及び外国への流出を防いだことにより、表彰され、昇進することとなった。
「君が機転を利かせて、単独で解決した。
大手柄だった。
本隊を通じて、幕僚長に昇進を申請したので、月末には決裁がおりるだろう。
さらなる活躍を期待する」
基地司令に言われ、分屯基地ではヒーローとされた。
実際に廃棄トラックに銃が積まれていることに気が付いたあの女性事務官は誰だったのだろう。経理では普通の冴えない事務官だったよと言われ、職員録の写真を見ても髪がひっつめで黒縁の眼鏡を掛け、お世辞にも美人とは言えないものだった。いや違うこれは彼女じゃないと警務官は思った。後任が来るというのに、彼女の転出先を知ることもできなかった。これ以上調べない方がいい存在なのか…。
防衛省及び自衛隊内の〝正式な”報告と並行して、鈴木から内閣情報調査室を経由して米国軍部にも経緯が報告され、本件は終了した。
今回は高性能狙撃銃の流出を防ぐことができた上、これまでの武器流出ルートも解明できて、少なくとも穴を一つ塞ぐことができた点は内閣からも評価された。
4
数日後、鈴木征四郎は妻の墓参りに行った。娘の綾乃とではなく、部下の江口優作と高田準一が一緒だった。お寺の帰りに横須賀海峡公園に寄り、ベンチに座って横須賀の軍関連施設を見下ろしていた。
「いい場所ですよね。
昼間ならかなり遠くまで見えるでしょ?」
波の音を聞きながら江口が言った。
「あぁ、妻が昔から好きだった場所だ。
生前は横須賀線に乗ってここまできて、大きな艦船が出入りするのを眺めた。
あっちに千葉の富津が見えるはずだ」
鈴木の指した先に化学工場の明かりが認められた。
「綾乃も一緒に来たかったんじゃないですか?」
「あぁ。
命日だから一緒に行こうと言われた。
あいつは母親にどんどん似てきていて」
「それにこんな危険な仕事をさせていること、今年も無事でいると奥さんには言いたくないですよね」
「お前はいつも厳しいな」
ため息をつきながら鈴木は海を眺めたまま言った。
「すみません。
女性潜入捜査官が少ない日本での綾乃の活躍は貴重ですが、自衛官や普通の警察官とは比べ物にならないほど危険性が高いことは事実で…」
「分かっているよ。
私もあの子にはやめさせたいと思っているが、私に似て頑固で」
血が繋がっていないのに一緒に暮らした月日で父親の特性を身に付けたというのは、喜んでいいことなのか、悲しむべきことなのか。
鈴木は波の音を背に、杖を突きながら慎重に階段を下りて駐車場へと向かった。
海峡公園の駐車場を出ていく父の車を公民館の売店の横から綾乃は眺めていた。
今年もちゃんとお母さんに会いに来てくれて、ありがとう、と綾乃は心の中で言った。
駐輪場のGSR400に跨りながら、空を見上げ、次は亡くなった母に向けて、心の中で、お母さん、見守っていてね。お父さんの役に立つよう頑張るから、と言いながらエンジンを掛けた。
横横道路を東京に向けて巡航する鈴木たちの車の横を矢のようにすっ飛んでいくオートバイがいたが、運転席の江口は綾乃が追い越していったのだとすぐに分かった。
鈴木に言うかどうか迷ったが、この親子にはいろいろ事情があるから、どちらかに聞かれたら言えばいいだろうと飲み込んだ。
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