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月と六文銭・第十八章(09)

 竜攘虎搏りゅうじょうこはく:竜が払い(攘)、虎が殴る(搏)ということで、竜と虎が激しい戦いをすること。強大な力量を持ち、実力が伯仲する二人を示す文言として竜虎に喩えられ、力量が互角の者同士が激しい戦いを繰り広げることを竜攘虎搏と表現する。

 秘密の任務で日本入りしていた中国特殊部隊の4名は、故郷の料理を出している上野にある中華料理屋「高粱こうりゃんの里」で食事をしていた。
 部隊の副隊長格のリー班長は北にある色里に行こうと考えて、他の隊員2名をその気にさせ、上官であるチェン中佐に直談判して、ヨシワラ往きが決定した。

~竜攘虎搏~

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 ヨシワラの江戸町にある店にややごつい田舎からのお上りさん集団が到着したのはそれから1時間ほど経った頃だった。店長に話を通してあったのか、4人は奥の部屋に通され、全員が分厚いアルバムを渡され、「その中から相手を選んでください」と言われた。

「本来は外国人お断りの店だからマナー良くな。俺たちは田舎からの集団の設定だが、誰かが問題を起こして一人でも追い出されたら、我々皆が追い出されるからな」
「はい」

 中佐はお店で「永田ながた」と名乗り、班長は「田中たなか」と名乗っていた。

「永田さんはどの子にするんですか?」

 班長は上官に遠慮して、選択が重ならないよう気を使ったつもりだった。
 中佐は「この子にする」と開けたアルバムのページに掲載されている嬢の写真を見せた。美人で胸はやや大きく、チャイナドレス姿がきれいだった。映画『色・戒』の湯唯タン・ウェイに似ていたが、胸はチャイナドレスを突き上げていたのでかなりのボリュームがあることを想像させた。他の嬢同様にチャイナドレス、ランジェリー、水着、ドレスを着た4種類の写真があったが、どれも「ほぉ」と言いたくなる色気があった。

「おお、いいですね!
 僕らも探します、キレイな女の子」

 中佐が店長に何か耳打ちをし、店長は奥に入っていった。

 戻ってきた店長は丁寧に3人の好みを聞き、何人かの嬢の特徴、接客スタイルを説明した。3人はやや訛った日本語だったので、田舎から出てきたお上りさんという雰囲気をうまく出せていた。実際に班長はヨシワラが初めてだったし、若手隊員2人は日本自体が初めてだったのだが…。

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 中佐は店長に、「僕らは田舎から出てきたから、気立ての良い女の子を彼らに薦めてくれ」と頼んだようだった。嬢達には外国人ではなく、田舎からの団体客と説明して、対応できる嬢達は手を挙げた。その中から4、5人ピックアップして店長が彼らに薦めるということだった。
 他の嬢は知らなかったが、姫予約でこの団体を呼び込んだ麗泉レイセンは相手が決まっていたが、それは他の嬢には伏せられていた。

 中佐の動きをじっと観察していた若手隊員・ソン、日本名もそんが指名した蓮陽レンヨウの準備ができたと言って、店長に呼ばれて、廊下へと連れて行かれた。160cm、細身だが、胸が大きいスタイリッシュな嬢だった。顔は日本人的で丸かった。
 もう一人の若手、ヨシワラに興味津々だった若手隊員・シュウ、日本名もしゅう麗李レイリの準備ができたと言われ、同じく廊下へと招かれていった。こちらは175cmと背が高く、胸も尻も大きく、グラマーで周が好きな映画女優・鞏俐コン・リーに似た顔の嬢だった。鞏俐は身長が168cmなので、周が指名した嬢の方がずっと背が高かったが。
 班長はラッキーなことに人気ナンバーツー、かつ今月は遅番おそばん1位の優李ユウリが指名可能だったので、指名した。しかし、案内開始が15分程ずれるということだった。心配そうに中佐へと視線を向けると中佐は頷いてくれた。本来、時間がズレることはあまりよくないのだが、今この時間は一応リラックスタイムと中佐は認識していたので、融通を利かせてくれたようだ。班長は嬉しそうに礼を言った。

 店によるが、午前から出勤する女性は早番はやばん、午後や夕方から出勤する女性は遅番に分けられ、ランキングなどが付けられていた。班長が選んだ優李は店全体で2位、遅番では1位の人気嬢だった。

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 中佐は麗泉という嬢を指名していた。班長は舐めるようにアルバムを見て嬢を選んだつもりだったが、麗泉という嬢のページはなかった。少なくとも自分の記憶にはない嬢の名前だ。しかし、嬢の案内アルバムは4人とも渡されたし、中佐は普通にページを繰って選んでいたように見えたが。

 実際には中佐に渡されたアルバムには他の3人のアルバムにはない嬢の紹介ページが挟んであった。しかも、班長が気が付かない間にそのアルバムは片づけられ、その事実は確認ができなかった。

 中佐は班長よりも先に呼ばれ、廊下の先の豪華な椅子に座っている麗泉と対面した。

「あら、ハンサムな殿方とのがた!麗泉、頑張っちゃう!」

 班長にこれが少し聞こえたみたいで、「くぅ~、絶対あれはいい女だ!」と悔しがった。

 麗泉と呼ばれる嬢は中佐と腕を組んで階段を上がり、自分の今日の部屋「泉の間」に案内した。部屋の入り口で靴を脱ぎ、飾り彫のある木の扉を閉め、外から見えないよう内側にタオルを掛け、中が見えないようにした。
 防犯上或いは衛生上、条例か何かで外から部屋の中が見えるようにしておかないといけないルールだったが、どこの店も実際には扉にタオルを掛けて、客のプライバーに対応していた。
 中佐は部屋の真ん中にある革のソファに座り、麗泉がその隣に座った。

 部屋の真ん中にある革のソファで中佐と麗泉は目が合ったところで、麗泉が恥ずかしそうにお辞儀をしながら挨拶をした。

「中佐、お久しぶりです」

 麗泉は改まった様子で手を腹の前で重ねていた。

「少尉は元気でしたか?」

 中佐は腿の上に両手をそれぞれ置いて軽くお辞儀をした。

「はい、日本は過ごしやすいところで、驚いています」
「そうか。
 私は5年ぶりくらいだが、相変わらずきれいな街だな、東京は」
「これが日本のいいところなのでしょうね」
「そうだろうね」

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 少し沈黙があって、麗泉が口を開いた。

「何か不思議ですね、異国で中佐にお会いするのは」
「本当ですね。
 お母上は心配されていましたよ。
 おじい様とお父様の仇は見つけられたとは聞いていますが」
「見つけたのですが、なかなか実行できなくて…。
 民間人なので、公の場で殺害するわけにもいかず」
「我々の今回の任務はあなたをサポートすることではないことをご理解ください。
 北の暴走を止めるために南の内通者を始末することです」
「それは存知ています。
 必要な情報はここに入れてあります。
 鍵は中佐の娘さんの誕生日にしてあります」

 麗泉は自分の煙草入れセットから出したUSBドライブを中佐に渡した。嬢は客の求めに応じて煙草を出せるよう煙草やライターの入った小箱や小物入れを用意している。その二重底からUSBドライブを出したのだ。

「ありがとう。
 あれも一応情報将校として成長しているよ。
 ただ、明確な目的のある君と比べたら、まだまだ甘くてね」

 麗泉と中佐の娘は軍学校で同級生だった。麗泉は父の仇を討つという明確な目標があったためか、軍事教練は最優秀で卒業していた。3姉妹の目的と軍の目的が一致したため、3姉妹は情報将校に抜擢され、各地で暗殺作戦を成功させていて、今回は念願(宿願?)の日本に派遣されていた。
 大使館員として派遣する方法もあるが、大使館付きでは各国の情報機関にマークされてしまうので、姉は上海の投資会社の営業ウーマン、妹は留学中の大学生、自分は大学院の学生として日本に滞在していた。割のいいアルバイトとして風俗嬢をしている設定にしたので、こうして店を隠れ蓑に情報交換や情報収集ができた。

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