七日目 令和元年五月五日 十六時半頃
東海道中有松日本橋 満願大成就膝栗毛。七日目 令和元年五月五日 十六時半頃。駿河國 由比宿。
【上段左】枇杷の木が覆いかぶさる東海道を歩く。
【上段中】写真では白雲と区別がつきにくいが、民家のテレビアンテナの向こうに富士山の天辺がかすかに覗いている。コンクリート製の台らしきものは一体何か。全くの想像であるが、富士山の展望台ではないか。この台の根本には大きな滑車が残っている。農業用のロープウェイかも知れないが、もしかしたら純粋に観光用に作ったとも考えられる。
【上段右】由比宿の間(あい)の宿に続く坂道。
【中段左】西倉沢の一里塚跡。
【中段中】望嶽亭 藤屋。幕末に官軍に追われた山岡鉄舟が、清水の次郎長から入手した拳銃をここに残していったと言う。望獄亭にその拳銃が現存するらしいが、既に夕刻ということでそれを見ることは叶わなかった。
【中段右】脇本陣 柏屋。明治天皇の御小休所。いつも思うが、休憩しただけで名所として残るというのは、本当に凄いことだ。
【下段左】東海道の橋。東海道には小さな川に架かる小さな立派な橋がたくさんある。
【下段中】本陣 川島家。
【下段右】西倉沢の公会堂。1927年に漁業組合事務所として建てられたらしい。玄関にアジが波間に踊っている彫り物が掲げてある。倉沢のアジは有名だそうだ。