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 蟬丸ファンである。

 能『蟬丸』の詞章にこういうのがある。

〽花の都を立ち出でて。花の都を立ち出でて。
うきねに鳴くか加茂川や。すえ白川をうちわたり。粟田口にも着しかば。今は誰をか松坂や。

・・・

狂女なれど心は。清滝川と知るべし。
逢坂の関の清水に影見えて。今やひくらん望月の。駒の歩みも近づくか。水もはしり井の影見れば。
われながらあさましや。髪はおどろを頂き。眉墨も乱れ黒みて。げに逆髪の影うつる。
水を鏡という波の。うつつなのわが姿や。

 天皇の子でありながら生まれつきの盲目のため、山に捨てられた蟬丸。そしてその姉、逆髪(さかがみ)もまた生まれながらの逆毛を気に病み狂人となって彷徨い歩く。

 上の詞章は、逆髪が都を出て、逢坂山に向かう場面である。

 短い詞章の中に多くの情報を織り込むために、掛詞が随所に使われている。

うきねに鳴くか加茂川や・・・「鴨」と「加茂川」
今は誰をか松坂や・・・「待つ」と「松坂」
狂女なれど心は。清滝川・・・「心は清い」と「清滝川」
水もはしり井の・・・「水も走る」と「走井(逢坂山の麓の地名)」

 「水を鏡という波の。うつつなのわが姿や」この掛詞が凄い。「うつつ」に三つの意味を持たせている。

一、波が打つ
二、鏡に写る
三、うつつなの・・・正気ではない

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