26 酒の師匠
ぼくに酒の飲み方で影響を与えた「師匠」と言える人はいるだろうか。
ライターとしての師匠、編集者としての師匠、ゲームデザイナーとしての師匠は、それぞれ存在する。けれど、仕事より大切な飲酒についての師匠はいるのか、いないのか。まあ結論を先に書いてしまえば、そんな人はいないんだけど。
気がつけば酒を飲むことが好きになり、以来、たくさん飲んで、たくさん吐いて、泣いて、笑って、酒に強くなった。古本の仕入れ旅にかこつけて、日本中の酒場にも行った。一時期、酒を断っていたときもあるが、いまはまた毎日のように飲んでいる。誰に教わるでもなく、自分で勝手に酒を楽しむようになっていた。
唯一、影響を受けた人物がいるとすれば、人生で最初に酒を飲んでいる姿を目にした人物──父ということになるのだろう。
うちの父は大酒飲みだったが、どれだけ飲んでも酔って乱れるということがなかった。ぼくとは折り合いが悪い人ではあったが、酒の飲み方だけは綺麗で、その点は確実に影響を受けている。親父は個人タクシーをやったあと、運送会社で長いことトラックドライバーの仕事をしていた。ハンドルを握る職業だからこそ、酒との付き合い方には慎重だったのかもしれない。
一方、母方の叔父のKさんは、酒で失敗している人だ。ぼくはこのKさんに顔が似てると言われていて、Kさんもそんなぼくをとても可愛がってくれた。高校に入学したときはサイクリング車を買ってくれた。
Kさんは大手パン会社の配送の運転手をしていた。いわば、父と同業みたいなもんだ。お互いトラック野郎ということもあって、独身時代のKさんはよく家に来て、父と酒を飲んでいた。そして、酒のやめ際が悪く、たびたび泥酔しては、しょっちゅう父や母(叔父さんにとっては姉)に叱られていた。
ぼくが高校2年生のとき、Kさんは決定的なことをやらかした。飲酒運転での人身事故だ。幸い、相手の命に別状はなかったが、大怪我をさせた。当然、免許は取り消し。交通刑務所へ。
正確な期間は忘れたが、半年だったか1年だったかの刑期を終えて、社会復帰することになった。しかし、勤めていた会社は当然のことながら解雇されており、借りていたアパートも引き払っているから住むところもない。それで、しばらくは新築の我が家に居候することになった。
たっぷりお灸を据えられたKさんは、しばらくは酒をやめていたが、数年経った頃にはまた飲み始めた。とはいえ、さすがに以前のような悪い飲み方はしなくなっていたのだが。
それから改めて免許を取り直し、小さな菓子会社に再就職した。結婚もして、子供も生まれ、家も建てた。やっと人生を立て直せたというときに、食道ガンが発覚して、あっけなく死んでしまった。明らかに酒が、叔父さんの寿命を縮めたのだろう。
こうして考えてみると、ぼくにとっての酒の師匠は叔父のKさんだとも言える。反面教師ではあるけれど。
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