08 揚げた芋、その名もポテトフライ
ぼくが通っていた両国小学校のすぐ近くに肉屋さんがあって、そこはぼくらの行きつけだった。
普通、小学生が学校帰りに買い食いするというと、駄菓子屋さんでソース煎餅とかベビースターラーメンとか、まあそういう類のものだと思うのだけど、ぼくらの場合、最初に誰がそれを始めたのかわからないが、肉屋でハムカツを買い食いするのが大流行した。
店頭で注文すると、おじさんが薄いハムにチャチャッとパン粉をつけて、その場で揚げる。それをソースにドボンとつけて、油紙で包んで渡してくれる。これが熱々でものすごくうまい。値段はうろ覚えだけど、たしかハムカツが10円くらい。お菓子を買い食いするのもいいけれど、やっぱり揚げたてのハムカツにはかなわない。
ぼくを含めてほとんどのみんなは10円のハムカツで満足しているが、経済的に余裕のある家の子は奮発してコロッケ50円の助になる。ぼくも一度だけコロッケを買ってみたことがあるが、「50円も出してこれを食うくらいならハムカツ5枚食ったほうがいいわい」と思って、二度とコロッケには手を出さなかった。
コロッケよりも、ハムカツよりも、ぼくが密かに心を奪われていたのはポテトフライだった。
ポテトフライといっても、ファーストフード店でハンバーガーの付け合わせで出てくる細切りのアレとは違う。
あれはフレンチフライと言って、元はベルギーのナミュール地域発祥の料理だそうだ。ベルギーではフリッツ(Frietjes)と呼ばれていたが、戦時中にこの地を訪れたアメリカ兵が、フランス語圏の料理なのでフレンチと呼んだことから、アメリカではフレンチフライ(French Fries)という呼び名が定着した。ちなみに、イギリスではチップス(Chips)、フランスではフリット(Frites)という。
で、両国小学校そばの肉屋さんにあったのは、そんな小洒落たフレンチフライではなく、ジャガイモをゴロゴロと8等分くらいに切ってパン粉をつけて揚げた芋フライである。
値段はいくらだったかな。ハムカツとコロッケの中間くらいだったと記憶しているので、30円くらいだろうか。それを豆腐を入れるような薄いプラスチックの箱に入れて、上からソースを回しかけ、爪楊枝を一本差してくれる。これがまた熱々のホクホクで美味かった。たった30円の極楽。
昭和40年代の物価なので安いのは当然だが、値段はさておき、いまあれと同じスタイルでポテトフライを食べさせてくれる店はあるだろうか? まあ特別凝った料理でもないし、ぼくが知らないだけで食べられるところはいくらでもあるのだろう。
唯一ぼくが知ってるのはもつ焼きチェーンの「かぶら屋」で、野菜串揚げメニューの中にある「いもフライ」がそれだ。
串焼き、串揚げがメインの店なので、いもフライもいちおう串に刺してあるが、味は小学校時代の思い出とほとんど同じものだ。焼き鳥を串から外して食うことの無粋はよく取り沙汰されて、ぼくも同感ではあるのだが、かぶら屋のいもフライだけは思い出に浸りたくてつい串から外してしまう。そのくらいは許してほしい。
かぶら屋はもつ焼きが串一本から選べるうえ、酎ハイのプレーンがあり、なおかつ安いのでよく利用しているが、いちばんの目的はいもフライを食って小学生時代にタイムスリップすることだったりするのだ。