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54 辛いものの話

『からいはうまい』というのは椎名誠による辛いものエッセイ──本人曰く「アジア突撃極辛紀行」の書名だが、2001年に初版が出た際に書店で見かけて、なんともいいタイトルを付けたものだと感心した。
 が、そのときは手に取っただけで購入はしなかったし、のちに文庫化されたときも読まなかった。なぜなら、辛いものがそこまで好きではないからだ。
 ご存知のように、ぼくは熱い食べ物は大好きで、日夜、一度でも温度の高い料理(おもに麺類)を求めて街を徘徊している。
 しかし、世の中の皆さんは、ぼくが思うほどには熱いものを好まないようで、熱さを売りにしている店というのはほとんどない。そこで、ぼくが次善の策として取る手段が「辛いものを食べる」ことだ。
 そう、辛さというのは英語で「HOT」と言うだけあって、味よりも温度に近い。実際、人間の味蕾は苦味、酸味、塩味、甘味を感じられるけれど、辛味を感じる箇所はない。辛味は痛覚によって感じるものだから、熱さと同じく「刺激」の一種なのだ。
 そんなわけなので、ぼくにとって辛い料理を食べるのは、満足できる熱いものが得られそうにないときのための滑り止めのようなものなのである。

 さて、それはそれとして。
 辛いものにはちょっと不誠実なぼくではあるが、もちろん好きなものも少なくない。
 一時期は「蒙古タンメン中本」にハマってちょくちょく食べに行ったものだが、最近はもうあの辛さがしんどくてめっきり食べる回数は減った。一度、辛さ控えめの「味噌タンメン」を食べてみたが、蒙古特有のプルンプルンのあんかけ部分がないので、なんだか物足りなかった。あんかけはそのままで、辛さだけを控えめにしてもらえたらいいのだが……。

 今でもよく行くのは高円寺にある勝浦タンタンメンの「じもん」。これはニラ、ひき肉、玉ねぎ、そして花椒(ホアジャオ)の刺激が絶妙で大好物だ。行き始めた頃は「3辛」を食べていたが、やはりいまは辛さに耐えきれなくなっているので、店がお勧めする「2辛」にしている。このように、辛さを調節できる店はありがたい。

 巣鴨には「新栄」という四川料理の店があって、そこの「上海激辛チャンポン」がすこぶるうまい。激辛を名乗っているくらいだからもンンンのすごく辛いのだが、その辛さの奥にある旨みがクセになる。でも辛い。食べてる最中からすでに口の中がヒリヒリする。でも箸が止まらない。
 過去の日記を調べてみると、だいたい半年に1回のサイクルで食べたくなっているようだ。ところが、最後に食べた日からすでに4年経っている。もう、あの辛さに身体が耐えられないのだ。しかし、激辛チャンポンがあれだけうまいということは、他の料理だってきっとうまいはず。無理して激辛チャンポンを食べなくたって、普通の料理を食べに行けばいいんだよね。

 大事なやつを忘れてた。名古屋名物「味仙」の「台湾ラーメン」だ。これもいまのぼくにはちょっと辛すぎるが、しかし、その独特の味わいは他のものに変え難い。
 知ってる人は知ってることだが、味仙は経営を受け継いだ兄弟によって流派があって、支店ごとに味が違う。ぼくが初めて食べたのは矢場店で、その味わいに感激してから翌年また仕事で名古屋に行った際に本店で食べたら、ぼくが感激した味とは違っていてガッカリしたことがある。
 2016年に東京進出を果たしたときには、どんなものかと警戒しながら食べに行ったが、ぼくの好きな矢場店の味だった。名古屋まで行かねば食べられなかった台湾ラーメンが、自分の行動半径の神田でいつでも食べられるのだ。これはヤバい! と興奮した。
 懸念される辛さ問題も、辛さ控えめの「アメリカン」があるので問題ない。しかし「名古屋」発祥の「台湾」ラーメンの「アメリカン」とは、いったいどうしたことか。その昔、仙台へ遊びに行ったら駅前に「新宿西口ヨドバシカメラ仙台東口店」があって、ここはいったいどこかとクラクラしたのを思い出す。

 辛いといえば、麺類よりもカレーライスを思い浮かべる人の方が、世の中的には多いのかもしれない。ただ、ぼくはそこまでカレー好きではないし、カレーに辛さはそんなに求めていないので、辛くてうまいカレーというのが即座には思いつかない。というか、カレーについては「39 胃もたれ無縁のカレー茶漬け」に書いたので、そちらを参照してほしい。

 意外なダークホースが「老虎菜(ラオフーツァイ)」で、数種の香菜に青唐辛子を混ぜた北京料理だ。本格的な中華料理屋でないとメニューにないので食べられる機会は少ないが、値段は安いのでメニューにあれば必ず注文するし、材料もシンプルなので自作するのも簡単だ。
 基本はキュウリ、ネギ、パクチー、青唐辛子。これらを千切りしてニンニクと胡麻油で和えるだけ。他にピーマンやセロリを入れてもいいし、手に入るなら干し豆腐も合う。ハムとか入れてもいい。書いてるうちに食べたくなってきたので、今夜は老虎菜を作ることにしよう。

 ヘッダーにあげた写真は、かつて日本橋にあった「麺屋 大申」の「麻辣麺」だ。ご覧の通りのビジュアルで、バカみたいに辛すぎて客足を遠ざけたのか、すでに閉店していて存在しない。

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とみさわ昭仁
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