17 おでんのだし割りの衝撃
赤羽のアーケードに「丸健水産」というおでん屋がある。
ここは元々おでん種を売る店だったそうで、それがいつの間にか、店頭でおでんをつまみに立ち飲みができる店になった。さすがにおでん種の専門店だけあって、その味はズバ抜けている。
しかし、この店はあくまでもおでん種を売る店であり、そのついでに酒が飲めるというシステムをとっている。だから酒の種類はそう多くない。ビール、酎ハイ、ウーロンハイなどすべて市販の缶モノ。日本酒もワンカップ……じゃなかった(ワンカップは大関株式会社の商標)、丸眞正宗の「マルカップ」というやつだ。銘酒ではないが、立ち飲みだからこれで十分、むしろちょうどいいくらいなのだ。
さて、この店には隠れた名物がある。それが「だし割り」である。
日本酒をおでんのだしで割って飲む。何度かこの店に来ているうちに、裏メニューとしてそういうものがあることには気づいていたが、試したことはなかった。
だってキモチワルイんだもーん。
日本酒に、おでんの汁を混ぜて飲む? なんだそれ。おでんを食べながら酒を飲めば、たしかに胃袋の中では混ざるだろう。でも、最初から両者が混ざったものを飲むのはさすがに抵抗がある。つまみと酒が渾然一体となったもの。それは端的に言って「ゲロ」だ。
……と、数日前までの、ぼくは思っていた。
だが、そんなことではいけない。曲がりくねった酒の細道を歩む者が、試しもしないで批判するとは何事か。迷路があるなら入ってみろ。迷うことを恐れるな。行き止まりに突き当たった数だけ、お前の酒人生は豊かになるのだと思え。
そこで意を決して挑戦してみた。
まず、マルカップを燗で頼む。これをチビチビやりながらおでんをいただくわけだが、全部飲んでしまってはいけない。店のレギュレーションによると、カップに印刷してあるメモリで50ミリのところまで飲んだら残す。これを店の大将に手渡して、「だし割り」をお願いする。
カップを受け取った大将は、おでん鍋から汁をすくってカップに注いでくれる。最後に七味をパラパラと振りかけて完成。
恐る恐る口をつけてみる。ぼくは食に対して非常に保守的で、ゲテモノ料理とか、実験メニューとか、馴染みのないものを口にするのがとても苦手だ。丸健水産の「だし割り」もかなり懐疑的な気持ちで一口飲んでみたわけだが、なんと! これが! 実に! うまい!
考えてみれば、おでんに限らず和風のだしをとるとき普通に日本酒を足すわけだし、塩っ気と日本酒の相性はいいに決まってる。これは本当に不覚だった!
寒い冬におでんと燗酒で暖まりつつ、最後にだし割りでシメる。七味の効果もあって身体も気持ちも引き締まる。なにより、この「だし割り」は家でおでんをやるときにも簡単にマネできるのがいい。