47 アレコードと若鶏の半身揚げ
その店が気に入って、通い詰めているうちに「常連」になる。店を気にいる理由は様々あって、酒がうまい、つまみがうまい、値段が安い、女店員さんが可愛い、マスターと話が合う。それらの条件がいくつか重なると、通い詰めることになり、やがて誰からともなく常連と呼ばれるようになる。
ぼく自身は、なるべく特定の酒場の常連にはならないように気をつけてきた。なぜかというと、ぼくは常連という連中が好きではないからだ。常連は、一見の客にとって障害にしかならないからだ。まあ常連論の話は長くなるのでここでは語らないでおくが、とにかくぼくは、なるべくひとつ所には居付かないようにして酒を飲んできた。唯一、常連だったと言われても否定できないのは、このエッセイの第22回、第23回で書いた下北沢の「旬亭」くらいのものだろう。
常連になるのとは違う理由で「こういうときはいつもここ」と決めている店があった。自分としては通っているつもりはない。積極的に通いたいわけでもない。でも、自分の一定の行動パターンのうち、そこへ行くのがもっとも合理的であるという理由で、毎回そこへ行ってしまう。消去法の中の最適解のような店が、ぼくの生活のある時期にはあった。
それが上野の居酒屋「新八」だ。
酒エッセイの前シリーズ「酒の顔」の第8回でもチラッと紹介したが、ここは午前中から営業を開始する酒場がひしめく上野アメ横の界隈でもひときわエクストリームな“24時間フル営業”の居酒屋だ。いつ行ってもやっている。ラストオーダーがない。席で寝たりしない限り、いつまでいてもいい。
お酒は生ビール、酎ハイ、ハイボール、日本酒とひと通り揃えているし、つまみも串焼きを筆頭に肉、魚、野菜など、居酒屋でお馴染みのものはだいたいなんでもある。そのうえ安いのもありがたい。
が、ぼくが一時期ここへ通っていたのはそれが理由じゃない。
ご存知の方も多いと思うが、今年の3月まで、伊集院光さんはTBSラジオで「伊集院光とらじおと」という番組をやっていた。この中で珍レコードを紹介する「アレコード」というコーナーに、ぼくもレコードコレクターとして何度か呼ばれている。出演したのは2016年の6月から2021年の8月までで、通算25回あった。そのうち1回は寝坊……じゃなかった、朝起きたら家の前に崖ができて外出できなかったので、正確には24回の出演ということになるか。
出演する日は、朝9時までに赤坂にあるTBSへ行き、スタジオ入りする。そこで少々待機して、だいたいいつも9時25分くらいから「アレコード」のコーナーが始まる。基本的には生放送である。いちおうぼくも人前で喋る仕事をしてきているし、正味15分くらいのコーナー時間のうち3分の2はレコードを聴いていればいいのだから楽なもんだけど、とはいえやはり生放送は緊張する。
自分の出番が終わって、TBSの外へ出ると、どっと疲れがやってくる。時刻はまだ朝の10時だが、もう1日の労働を終えた気分である。まだ15分しか働いてないのに。
そこで何を思うかといえば、「さーて、飲みに行くか!」である。
いまから労働へと足を早める人たちを横目に見ながら、赤坂から千代田線に乗って湯島へ出る。湯島から10分も歩けは、そこはもうアメ横だ。そして、24時間営業の新八が待っていてくれる。
そう、ぼくにとって新八は積極的に通う店ではないのだが、アレコードの出演を終えて軽く引っ掛けていくには、帰宅経路的にも、営業時間的にも、経済的にも、ちょうどいい店だったのだ。
ぼくは新八に行くと、いつも若鶏の半身揚げを注文する。半身揚げといったら小樽の「なると屋」の看板料理としても知られるが、まあようするに鶏の素揚げだから、どこで食ったってうまいに決まってる。もちろん新八の半身揚げも最高にうまい。これをかじりながら、ハイリキのプレーン酎ハイのデカ瓶をグイグイ飲むところまでが、ぼくのアレコードにはセットになっていた。