04 酒場の顔としての店名問題
たまに「日本一まずい店」というような、自虐的コピーを掲げた飲食店を見かけることがある。
シャレのつもりなのか、あくまでも謙遜で本当はおいしいんですよという逆アピールなのかもしれないが、店名は店の顔である。そこにマイナスイメージのある言葉を選ぶというのは、個人的には「ちょっとどうなの?」と思ってしまうのだが、それを歓迎する人たちも多いのだろう。
亀有に、地元民の間で有名な「まづいや」というおでん屋があった。2015年に『アド街ック天国』に登場した際、店主は「自らを戒めるためにあえてそう命名した」と語ったらしい。つまり、あくまでも自戒のためであって、実際には名前に反して味は良く、おでん種も大きくて満足度の高い店だったという。だが、後継者がおらず、2017年に惜しまれつつも閉店してしまった。
千葉県の柏に「さるぢえ」という焼き鳥屋がある。漢字で書けば「猿知恵」。一見、利口なようでいて、所詮は猿の考えだからどこか間が抜けていてロクなもんじゃないという意味だ。「まずい」の謙遜や自戒とはまた違ったベクトルの自虐ワードである。
飲食に限らず、店舗経営に携わったことのある人ならわかるように、店の経営は猿知恵でやれるようなものではない。猿と同等か、もしかしたらそれ以下の知恵しかないぼくが経営していたマニタ書房は、7年間ずーっと赤字だった。余計なお世話だ。
柏には他に「ワイン」という店名のスナックもある。一見、なんでもない店名のように思えるが、スナックといったら一般的にはワインよりウイスキーやブランデー、スコッチといった洋酒を飲ませる場所というイメージがある。ワインも置いてないわけではないが、あまりスナックを代表する酒とは思えない。
ワイン推しの店なのだ、と言われたらそうなのかもしれないが、だったらスナッックじゃなくて「ワインバー」を名乗ればいいのに……。常連でもない自分が勝手に店の名前で妄想を広げて勝手に心配していて申し訳ないが、そんなふうに思う。
神保町には「カメラ」という名前の写真屋があった。初めて店の前を通りかかったとき、思わず「主語デカっ!」と叫んでしまった。「ミヤマカメラ」とか「カメラのヨシダ」とかならわかる。そうではなくてただの「カメラ」。全世界の写真機を代表するつもりなのか。
だって、パソコンショップの店名に「パソコン」とは付けないし、ステーキ屋の名前に「肉」とは付けないだろう。
関東以西に43店舗(現在)を展開するカニ料理屋に「甲羅」というのがある。これも初めてその存在を知ったときには驚かされた店名だ。カニ料理屋に「カニ」と付けるほどの大胆さはないが、ステーキ屋に「肉」と付けるのに限りなく近い。
でも、ぼくは「どうせなら……」と思う。甲羅という店名でカニ料理だけを出すのは不十分ではないか。つまり、他にも甲羅という名前に相応しい食材があるだろう、と思うのだ。
まず「スッポン」。甲羅あるよね。カニとスッポンの店。普通にうまそうでいいじゃないか。
お次は「カブトガニ」だ。ぼくが小学生のときは生きた化石的な扱いで飼育されていたが、いまでも普通にたくさん生息しているようで、東南アジアの一部地域では食用になっていたりもするらしい。そして不味いらしい。じゃあダメか。
他に甲羅のある生物といえば「河童」だ。そんなもの実在しない! と言われるかもしれないが、安心してほしい。もちろん川遊びする子供の尻子玉を抜く方の河童ではなく、キュウリのことである。カニ料理やスッポン鍋を食べたあとの、シメのご飯ものとして用意されているのが、厳選されたキュウリと米と海苔で作られた「かっぱ巻き」の店って、ちょっとグッとこないだろうか。
そしてドリンク。ソフトドリンクは「コーラ」しかない。ただし、あらゆるメーカーのコーラが取り揃えられている。そして、お酒が欲しい人は、それらのコーラを好きなアルコール飲料で割ることができるのである。
半分冗談のつもりで妄想した「甲羅」だが、すごく行きたくなってきた!
話がどんどん脱線した。自虐的な店名の話に戻す。
いまから15年以上も前。妻の運転で綾瀬へ向かっていたときのこと。そろそろ駅に近づいてきたな……というタイミングで、ふと視界の隅を居酒屋の看板がよぎった。一瞬のことではあったが、そこには確かにこう書かれていた。
「弱気茶屋」
通り過ぎてから、えっ!? と思った。いまの何? と。
「庄や」で知られる大庄グループが経営するチェーンのひとつに「やるき茶屋」がある。ぼくも若い頃は何度か行った。「弱気茶屋」は、その「やるき茶屋」のパロディとして付けられた店名なのかもしれないが、いくらなんでもひどくないか。
店員さんがいちいち弱気なのかな。「庄や」グループは、注文すると「はい、よろこんでー!」と応える元気さをウリにしているが、「弱気茶屋」では注文を伝えると「お客様がそうおっしゃるなら……」とか、「うちの刺身、おいしくないかもしれませんよ……」とか、超弱気だったりするのだろうか。
そのときは時間がなかったので、後日、あらためて飲みに行ってみようと思っていながら、その機会も得られないままに「弱気茶屋」はなくなってしまった。ぼくの見たあの看板は本当に存在したのか。あるいはぼくのおもしろがり脳が勝手に描いた妄想だったのか──。
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