50 ノーベル酔っぱらい賞
「ノーベル酔っぱらい賞なんてェものがあってもいいんじゃねえかと、おれは思うんですよ」
と、テーブルの向かいにいる酒友1号のキンちゃんが言った。唐突に何の話だ? と彼の視線を追いかけてみると、店内のテレビで今年のノーベル賞の受賞者を発表するニュースをやっているのだった。
ノーベル酔っぱらい賞……。連日のアルコール浸りで、脳がピータン豆腐のようになっている奴の言うことだからロクな話じゃないのはわかりきっているが、ぼくの脳も肉豆腐みたいなもんだから、彼の与太話に付き合ってみることにした。
「おれは、このピーホツを考えた人にノーベル賞あげたいっスね」
茶色いホッピーの瓶を掲げながら、キンちゃんは言う。彼はホッピーのことをピーホツと呼ぶのだが、それはどうでもよろしい。とにかくホッピーはいいものだ。ビールより安いのでたくさん飲めるし、プリン体の影響もない。自分でお好みの濃度に調節できるっていうのも、酒場でのアレコレを楽しもうとするぼくらにはうってつけだ。
しかし、誰がホッピーを作ったのかは、残念ながら判明している。1948年にホッピービバレッジ株式会社(当時の社名はコクカ飲料株式会社)の創業者である石渡秀氏だ。
ぼくとキンちゃんによる酒場での戯れ言は、そういった真実を求めているわけでないことは、本連載の読者ならばもうおわかりのことだろう。「残念ながら」と書いたのはそういう意味だ。我々は、よくわからないものに勝手に価値を定めて、勝手に表彰しようと無責任にはしゃぐ。それが、ここでの会話の趣旨だ。
「溶けたチーズを発明した奴にもノーベル賞をやりたいぜ」
串かつ屋に行ったら必ずチーズ串を頼むぼくは、そう返した。これにはキンちゃんも賛同してくれた。そりゃそうだ。チーズというやつは、ワインはもとよりビール、焼酎、日本酒、あらゆる酒に合う。それが溶けているのだ。溶けたチーズほど酒をうまくするものはない。
「そんならニンニクはどうでやんす? あの旨味、あのスタミナは、ノーベル賞級でげしょ?」
いいぞいいぞ。そうこなくちゃ。だったらゴマ油と塩の組み合わせを考えた奴もエントリーしたいね。いや、そもそもゴマ油を考えた奴が偉大なのか。
「七味じゃなくて、一味でいいと判断した人はどうでやんス?」
それはどっちでもいいかな。ぼくらは、そういつもいつも意見が合うってわけではないんだ。しかし、豚は肉よりも内臓の方がうまいことを発見した奴には、ノーベルホルモン賞をあげよう! ということでは意見が一致した。もつ焼きなくして東京下町の味はない。
「だったら、いっそのこと下町を作った奴にノーベル賞やっちまいましょうよ」
それ、太田道灌じゃねーの? 無闇に話が大きくなって、しまいにゃなんの話しをしていたのかわからなくなるのが、酔っぱらいの常である。今日もぼくらは酔ってるス。