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57 理想を求めて焼きそばロード

 麺類と呼ばれるものは、つけ麺を除いてだいたいみんな好きだ。マグマ舌なので熱い汁に浸った麺類が優先になるが、スパげッティも食べるし、ざるそばも食べる。夏は冷やしたぬきそばや、冷やし中華もよく食べる。
 そして焼きそばも例外ではない。
 とくに好きなのは、夏祭りの夜店でテキ屋のおっちゃんが作っているようなジャンク焼きそばだ。油をドバッと流した鉄板に少量の豚肉と適当に刻んだキャベツ。デカボトルのソースでビタビタに焼いて、青のりと紅生姜。揚げ玉まで乗っていたら贅沢の極み。そういうのがいちばんうまい。こだわりの蒸し麺とか、豪華な海鮮の具とか、ブランドもんのソースとか、そんなのはいらん。
 だが、生憎ぼくは「お祭り」というものが苦手でしてね。地元の夏祭りにもまず行かない。娘が小さかった頃は連れていったし、焼きそばも食ったけれど、大人になったいまはもうそんなことをしてやる必要がない。
 ポップコーン食べたさにわざわざシネコンまで行くぼくだから、夜店の焼きそばを食べるためだけに夏祭りに行ってみてはどうかと思わないでもないが、ちょっと気乗りがしないなあ。それくらいお祭り(人混み)が苦手なのだ。

 飲食店で夜店の焼きそばにもっとも近いものを出すのは、まずは都内に数軒あった立ち食いの「後楽そば」だろう。いかにも屋台の味のソース焼きそばに、そば用のつゆがスープとして付いてくるのも気が利いていた。
 最盛期は都内の各所に支店展開していた後楽そばだが、地代の高騰に負けたのか、キラク星からやってきたイロリアンに侵略されたのか、ぽつりぽつりと店舗は消滅していき、2020年12月に閉店した五反田店を最後にその歴史を終えた(※2023年11月、新大久保にオープンした「ヤキソバ酒場」にて、「復活後楽焼きそば」なるメニュー名でまた食べられるようになったらしい)。

 浅草には「日本最古」を謳う地下街がある。そこには2軒の焼きそば店があり、ひとつは「天才焼きそば」を出す「ニュー小江戸」。もうひとつは“浅草地下街の海の家”とぼくが勝手に呼んでいる「福ちゃん」だ。
 前者の「天才焼きそば」という名前の小賢しさはぼくの趣味ではないし、小江戸といったら浅草ではなく、どうしても川越を思い浮かべてしまうので、違和感がある。なので、ぼくはニュー小江戸を利用したことはないが、もう一方の福ちゃんは大好きな店である。
 福ちゃんの焼きそばもまた夜店スタイルのソースビタビタな焼きそばで、実にぼく好みだ。具は基本に忠実なキャベツと少量の豚肉。そして紅生姜。青のりはかかっておらず、カウンターにあるものをお好みで振りかける。
 だが、この青のりがクセモノなのだ。
 福ちゃんの店舗にはドアがなく、地下街に向けて開けっぴろげにカウンターがあるのみ。冷房なんてものはないので、夏は巨大な扇風機を置いて風を循環させている。この感じも海の家っぽい。そして、焼きそばが到着して、いざ青のりを振りかけようとすると……扇風機から吹き付ける風が青のりを全部吹き飛ばしてしまうのだ!
 カウンターに肘を置いたときにどことなくザラザラして、それもまた海の家の砂っぽいカウンターにも似た感触だったのだが、その正体は青のりだったのである。

 外で酒を飲んで帰ってきたとき、家の近所にある「揚州商人」で少し飲み直すことがある。そんなときのつまみにいいのが「上海焼きそば」だ。ソース味の焼きそばはあくまでも日本独自のもので、中華風の焼きそばは塩味か醤油味、正確にはオイスターソース味が主流だ。揚州商人の上海焼きそばも濃いめの醤油味で、これはこれでうまい。
 具はもやしとニラと豚肉だが、ぼくは焼きそばにもやしを入れるのが好きじゃない。なぜなら、麺ともやしは形状が細長くて似ているのに、食感があまりにも違いすぎる。柔らかい麺と一緒にもやしを噛むと、もやしだけジャリッとした歯応えで、それがとてつもなく不快なのだ。
 だから、ぼくは揚州商人で上海焼きそばを食べるときは、最初にもやしだけを箸でつまんで全部食べてしまう。そしてもやしは「最初からなかった」ことにして、あらためてゆっくり焼きそばを楽しむのだ。

 何度か書いているが、ぼくはニラそば(ラーメン)が好きで、なかでも浅草橋「十八番」のニラそばが大好物だ。2023年の3月にその存在を知ってから、かれこれ26杯食べている。
 これだけニラそばがうまいんだから、きっと他のメニューもうまいに違いないと思うのだが、食に関しては保守的な人間なので、あまり冒険をしたいと思わない。せっかく十八番まで来たのに他のメニューを食べてしまって、もしそれが口に合わなかったら、ニラそばを食べる機会を無駄に一回消費したことになる。それが悔しいから冒険できないのだ。

 ところで、ひとつ思い出してほしい。このエッセイシリーズの第30回で「カップヌードル逆再生」という話を書いた。
 要約すれば「もしもカップヌードルが元はどこかの名店が出していたラーメンで、それをお客様の要望に応えてカップ麺化したものだったとしたら、カップ麺でもあれほどうまいのだから、元の店のラーメンはさぞかしうまいに違いない」という内容だ。
 はい、では、この話はまた一旦忘れてください。

 何度目かに十八番を訪れたときのことだ。いつものようにニラそばを注文したら、大将が「あっ、ちょうどスープがなくなっちゃってさ、午後の分のだしをいまとり直してるところだから、汁なしのメニューだったらできるよ」と言うではないか。
 ぬぬぬ、せっかく浅草橋まで来たのに、ニラそば食えないのかー。
 とても残念なことではあるけれど、待てよ? これはいいチャンスなのではないか? とも思った。普段は、失敗を恐れて別メニューへの冒険をしないぼくだが、ニラそばが作れないのなら仕方ない。この機会にこそ、別のメニューを試してみるべきだろう。
 そこで、前から気になっていた「ソース焼きそば」を頼んでみた。
 程なくして出来上がってきたソース焼きそばは、まさしく夜店の感じをまとった理想的な焼きそばだった。そして、おもむろに箸でワシっとそばをつかんで頬張ったぼくは、瞬間的に悟った。
「これれはペヤング逆再生だ!」と。

 熱い汁入りラーメンを優先するぼくは焼きそばの食べ歩きはできそうもないが、ごくたまにこういう出会いがあるから、理想の焼きそばを求めて道を彷徨うのも悪くない。

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とみさわ昭仁
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