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76 カップ麺のフタ、なにでとめる?

 普通のラーメンを食べるときには発生しない行為とは何か?
 いや、この問いかけは情報が足りなさすぎて、答えられる人はいない。もういちど正確に問うならば、
「外食でラーメンを食べるときや、家で袋入りの即席ラーメンを食べるときには発生しないのに、カップ麺を食べるときにだけ発生する独自の行為とは何か?」
 ということになる。だったら最初から「カップ麺を食べるときだけに生じる行為とは何か?」と言えばいいじゃねえか。面倒臭い性格ゆえに、ついこんな書き方をしてしまう。
 さて、もういちど仕切り直そう。
「カップ麺を食べるときだけに生じる行為とは何か?」
 それは「いったん剥がしたフタを閉じる」という行為だ。そして、そこには「ならばそのフタをどうやって閉じるか?」という問題がつきまとう。やっと本題に辿り着いた。
 あなたは、カップ麺を食べるとき、お湯を入れたフタをどうやって閉じますか?

 この世の全カップラーメンを対象にすると、話がとっ散らかってわけわかんないことになるので、ここから先はキング・オブ・カップ麺である「カップヌードル」だけに絞って話を進めよう。

 2025年現在、カップヌードルのフタには2つの耳がある。可愛い猫ちゃんというか、ガンダムのハロというか、まあそんな感じの形を思い浮かべてもらえばいい。その2つの耳によって、お湯を入れたあとの蓋を閉じるわけである。
 この耳は、かつては1つしかなかった。それが進化して現在の2つ様式になった。なぜそうなっていったかの話をする前に、そもそもカップヌードルがどういう売られ方で登場したかを振り返ってみよう。

 カップヌードルが発売されたのは1971年。あいにく食料品店でも売られていたかは記憶にないが、一般的には自動販売機で流通した。コインを入れて、ボタンを押すとゴトンとカップヌードルが出てくる。多少のデザインの違いはあれど、現在のものとほとんど同じサイズ、形状をしていた。ビニールのシュリンクはなかったと思う。
 しかし、自動なのはそれだけではない。出てきたカップヌードルを給湯窓口に置くと、上から金属製のノズルが降りてきて、紙のフタの中央にズボッと刺さる。そうして既定の量までお湯が注入されるのである。つまり、お湯を入れるためにフタを剥がす必要がなかった。そして3分後にあらためてフタを剥がせば、熱々のラーメンが食べられる、というわけだ。
 当時のカップヌードルのフタにも耳が1つあったが、それはお湯を入れたあと「閉じるため」というより、完成後「剥がすため」に必要だったと言える。もちろん、買ってきて家で食べる際にはお湯ノズルなど降りてはこないので、フタを半分まで剥がしてやる必要はあっただろう。そうしてヤカンでお湯を入れたあとには、フタを閉じるためにも耳は役立った。

 しかし、カップ麺をよく食べる人なら知っている。あの耳ではまともにフタが閉じられないことを。

 なにしろ紙のフタを折り曲げているだけなので、固定するための力が弱い。そのうえカップの中には熱々のお湯が入っており、時間が経つごとに湯気がじわじわ上がってくる。その熱と湿気によって、フタ(紙)はフニャア~となり、ペロンとめくれてしまう。結局、手近にある何かを重しにしてフタの上に乗せ、気密を保とうとすることになるのだ。
 やがて、日清食品は考えた。耳が1つでは弱い。ならば「シールで留めよう」と。それである時期から、カップヌードルは全体をシュリンクした底面に透明のシールを常備するようになった。これで耳を留めろというわけだ。
 ぼくも最初は「おっ、けっこういいアイデアじゃん!」と持ったのだが、コストがかかりすぎるのか、いつの間にかそれは廃止され、現在の2つ耳様式に落ち着いた。これが究極の答えだとはとても思えないが、現時点ではコストバランス的に最適解なのだろう。

 1つ耳の固定力が不安だった時代、人々はいろんな工夫を凝らした。そのひとつが、フォークを刺すというものだ。
 わかりますか? 昔のカップヌードルは箸ではなく、フォークで食べるのを前提として売られていた。だから自販機にもプラスチックのミニフォークが備え付けられていた。そのフォークを、閉じたフタの上からカップのふちにまたがるようにプスッと刺して、フタが開いてしまうのを無理矢理留めていたのだ。いまはフォークがないので、それと同じことを割り箸でやったりする。割る前の割り箸を軽く広げ、フォークでやっていたときと同じ様に刺すのである。
 いま、ぼくがカップヌードル、もしくはカップ麺を食べるシチュエーションは、ほぼ100パーセント深夜作業の途中に小腹が空いてのことなので、食べる場所は自分の仕事場のデスクだ。ということは、周辺にはものが溢れている。読みかけの本、電卓、メガネケース、テープカッター、ルーペ、ジッポーオイルなどなど。だとするなら、カップ麺のフタが空いてしまいそうだなとなった場合、もっとも簡単なのは手近にあるものを載せることだ。
 でも、ちょっとまて。本はまずい。湯気で紙がフニャフニャになってしまう。いちど湿気を帯びた紙は容易には元に戻らない。
 電卓はどうか? ぼくの使っている電卓は安物のプラスチックで、しかもちょっと変な形をしているので密閉する能力に欠ける。
 文鎮は? 重すぎる。カップ麺のサークル全体を均等に抑えられるような形をしていればいいのだけれど、ぼくの文鎮は小さくて、カップ麺の耳のそばにしか置けない。でも、そうすると、ふとした拍子にバランスうを崩してひっくり返してしまうかもしれない。それはいけない。
 結局ぼくはちょうどよくフタを留められる道具が見つからず、1つ耳もしくは2つ耳の頼りない固定力に身を任せるしかないのだった。

 かつて、カップ麺のフタに乗せる専用の重し的なグッズが発売されたことがあった。一瞬、心が動いたりもしたのだが、ただでさえとっ散らかっているデスクにそんな用途の狭いアイテムを増やすのもなあ、と思って買うのを躊躇った。
 せめて、何か他の文具的な用途と、カップ麺のフタを留めるための機能を兼ねたアイテムが開発されればいいのだ。
 たとえば、カップヌードルの外径に合わせた文鎮とか、朱肉台とか。

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とみさわ昭仁
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