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56 少食の呪い

 何が「食べ放題」だったら嬉しいだろうか、ということはときどき考えてみる。
 ぼくの好物のひとつであるケンタッキーフライドチキンは2つで十分ですよだし、回転寿司はいつも4皿食べたら〆に鉄火巻きを頼む。ステーキは 150 グラムもあればもうたくさん。ラーメンでいちばん好きな永福町大勝軒なんて、デフォルトがすでに食べ放題と言っていいような分量だ。つまり、少食の人間にとって食べ放題なんてサービスは何ひとつ嬉しいことではないのだ。
 そもそも食べ放題の店に行って「どれだけ食えば元が取れるか」なんて考えること自体がいじましい。食事という行為をバカにしている。戦中、戦後のひもじい時代を経て、その後の飽食の時代を乗り越え、いまは純粋に食事を楽しめる時代が来ているはずなのに、なぜ、そうまでして胃袋に詰め込もうとするのか。これは少食者の僻みだろうか。
 具体名は避けるが、あるチェーン店ではラーメンを頼んだ客には無料でライスを提供している。席につくなり「ライスが無料でついてきますが?」と、でも「まさか断るわけないですよね」と言わんばかりの笑顔で訊いてくる。
 いらないよ。こちとら少食なんだ。ラーメンだけでも食べ切れるか不安なのに、生まれつき容積の小さい胃袋をごはんで埋めてしまったら何しに来たのかわからなくなる。
 そもそも「ライス無料」というシステムに、ぼくは昔から釈然としないものを感じている。
 たしかに大食いの人にとって、無料でライスも食べられるのはありがたいことだろう。でも、それを「サービス」と呼ぶのは違う。タダでライスも食いたいという浅ましい人間を甘やかしているだけで、そんなものはサービスではない。
 ライスは降って湧いてくるものじゃない。米を仕入れ、炊飯器で炊いてライスにし、従業員の労力で茶碗に盛る。そこには米の仕入れ原価も、 電気水道の光熱費も、人件費もかかっている。そんな貴重なライス様を無料で提供する? じゃあ、その支払われなかったライス製造にかかる代金は誰が負担しているのか? 店か? 違う。
 無料で出されるライスの代金は、メニューには書かれていないけれど店のラーメンの代金に含まれている。だからライスを無料で食べる人たちも少なからずライス代を払っているし、腹の立つことに「ライスはいりません」と答えた少食な我々も、同じように負担させられているのだ。何が「無料で」じゃーい!
 ラーメン屋に行く。相応の料金を払ってラーメンを注文する。おっと、ラーメンと一緒にごはんも食べたいな。メニューを見たら「ライス 150円」とある。これを頼めばラーメンと一緒にごはんが食べられるじゃないか! これを「サービス」というのだよ。
 ラーメンと一緒にごはんが食べたいと思った人の希望に応えるために、 メニューにごはんも加えておく。そういうシステムが用意されていること自体がサービスなのであって、そのサービスにはきちんと対価を求めるべきだ。世の中「タダにすること」「セットにすること」「おまけを付けること」をすぐにサービスだと言いがちだが、足すことはサービスじゃないのだ。
 こんな話をするとラーメンマニアがしたり顔で言う。「ラーメン屋がライスを無料で出すのは、スープを残させないためなんですよ」と。
「ライスを無料で提供すれば、お客さんは残ったスープにごはんを投入して最後の一滴まで胃に収めてくれるんですよ」と。
 そんなことは知ってるっつーの!
 客がスープを残すと、厨房の排水口にあるグリストラップ(排水から油分だけを堰き止める仕組み)の清掃が大変なのと、場合によっては排水の処理代金がかかる。その費用と、スープを残さず飲んでもらうためのライス代を天秤にかければ、コスト的にライス代の方が安くつくというのだ。
 だから、ライスを無料で出せば、お客さんも喜ぶ、店も助かる、Win Win だね。めでたしめでたし。
 ……って、なるかよ! それはつまり客をグリストラップにしてるだけじゃないか。
 以前、よく耳にしたのは、某化学調味料メーカーが売り上げを向上させるためのアイデアを募集したら、あるスタッフが「卓上瓶に開いてる振り出し口の穴を大きくしましょう」というものだ。たったそれだけのことでお客様の消費が加速し、売り上げもアップしたという話。
 これが、さも天才アイデアマンのエピソードのように語られているわけだけど、冷静になってみれば、得してるのはメーカー側だけで、お客様にとっては何もプラスになっていないどころか損をさせられているわけだし、ヘタすれば健康被害を増進させることになるかもしれない(※化学調味料が身体に悪いと言いたいわけではないです)。
 カレーの CoCo 壱番屋は、標準のライス量が 300 グラム。これより大盛りにしたい人は 50 グラム増量するごとに代金が 55 円ずつプラスされていく。逆に、50 グラム減量するごとに 26 円ずつマイナスされる(※2023 年8月時点)。たくさん食べたい人は相応の対価を払うことになるし、ぼくみたいに少食の人間は支払い額が安くなるので、実にありがたいシステムだ。理想を言えば減量も 50 グラムごとに 55 円引いてほしいところだけど、贅沢は言うまい。
 SNS で何かの事柄に対して不満を述べると、まるで業界の側に立ったような意見で反論してくる人がいたりする。しかし、その人のプロフィールを見に行くと業界関係者でもなんでもなく、こちらと同じただの庶民であることが少なくない。それは、化学調味料を消費する側の人間が、消費させる側に利するだけのアイデアを賞賛している行為と似ている。
 話がだいぶ脱線したけれど、ぼくは無料のライスは食べないし、スープはなるべく残す。ココイチではいつもライスを 200 グラムにしてもらう。化学調味料の味は好きなので、たとえ穴が小さくてもたくさん振りかける。

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とみさわ昭仁
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