18 溶けたチーズと記憶の固執
「砂に書いたらラブレター」と「森に消えたプレデター」は似てるよね!
えーと、そんなことより重要なのは、熱で溶けたチーズである。溶けたチーズは抜群にうまい。グラタンがうまいというのは誰もが認めるところだが、そのうまさの半分は溶けたチーズのうまさによって担われている。ピザもうまい食いものベストテンに堂々ランクインするが、そのうまさの半分もまたチーズによって担保されている。ちなみに、ピザのうまさの残り半分は「陽気さ」で出来ている。
昔ながらの酒飲みの定番のおつまみにプロセスチーズがあるが、ぼくはそれ自体はとくに好きでも嫌いでもない。あれば食うが、ないからといってわざわざ買いに行ったりはしない。そのくらいの距離感。
ところが、そんなプロセスチーズも、加熱によって溶け始めた瞬間に魅惑の物体へと変貌する。プロセスチーズはただの友達だが、溶けたら恋人。軽く焦げたりなんかすれば、その恋心は一挙に熱愛へと変わる。最初にチーズを火炙りにした人にノーベル賞をあげたい。
溶けたチーズを手軽に味わおうとしたら、真っ先に思い浮かぶのはサイゼリヤだ。関東近辺なら、だいたいどこの街にもある。以前は我が家から徒歩10分のところにもあって、たいそう重宝していたのだけど、何の事情か閉店してしまった。いまもっとも近い支店に行こうとすると、電車に乗って2駅隣まで行かねばならない。そこまでして溶けたチーズを味わうべきか?
べきである。
サイゼリヤには、溶けチーズを楽しめるメニューはいくつもある。なかでもぼくが強力にお勧めしたいのは「イタリアンハンバーグ」(税込500円)だ。
熱々の鉄板プレートに配置されているのは、ハンバーグと、目玉焼きと、角切りのポテトと、スイートコーン。これがノーマルの「ハンバーグステーキ」(税込400円)と違うのは、「イタリアンハンバーグ」はハンバーグの上に溶けチーズが載っているのである。
つまり、サイゼリヤにおける「イタリアン」とは、差額100円分による溶けたチーズのことだったのだ。溶けたチーズをまとっていないハンバーグなど、ただの半バーグでしかない。半バーグは溶けたチーズとセットになって、初めて全バーグとなるのである。何を言ってるのか自分でもよくわからない。
ぼくのサイゼリアでのイタリアンハンバーグの食べ方をご紹介する。
デキャンタの赤ワインをちびちび飲みながら待っていると、やがて熱々のプレートがやってくる。バーグの上には溶けチーズ。うまそぉ~! だけど、そこへすぐにフォークを突き刺したりはしない。まずは目玉焼きとバーグを左右の端へ寄せ、鉄板の中央にスペースをあける。そして、バーグの上に乗った溶けチーズをナイフとフォークで持ち上げ、あけておいた鉄板スペースへダイレクトに着地させる。じゅわわわー! で、一旦このチーズのことは忘れる。頭の中から消し去る。
そうして全から半に戻ったバーグと、目玉焼きと、ポテトと、スイートコーンをつまみにしてワインを楽しむ。これはこれで楽しい晩酌だ。
で、都合よくチーズのことを忘れた頃合いで、ふと鉄板を見下ろして大変なことに気づくのだ。
「こんなところに溶けたチーズがあるじゃん!」
しかも、溶けているどころか、鉄板ダイレクトで底が軽くコゲコゲになっていたりして、最高のおつまみが出現するのである。デキャンタもう一回おかわりするのは避けられない。
地元ローカルの話で恐縮だが、新松戸の駅前に「いちげん」という居酒屋がある。安くて、広くて、ファミレス風ソファ席で、メニューが豊富で、つまみもうまくて、なおかつ真っ昼間から飲めるという100点の店だ。
そこのメニューに「おつまみチーズ」というのがある。
どういうものかというと、親指大のスモークチーズをフライパンに押し付けて焼き、カリカリの焼きチーズスナックにしたものだ(トップの写真参照)。これが抜群にうまい。そして重要なのは長持ちすることだ。溶けチーズは味が濃いこともあって、ひとつをチビチビ齧りながらいくらでも酒が飲める。最初の頃は、鰹のたたきとか、焼き鳥とか、サーモンサラダとか、いろいろ他のつまみも頼んでいたのだが、この「おつまみチーズ」の存在に気づいてからは、これだけで延々飲めることを知ってしまい、いまはこれしか頼まなくなってしまった。
店にとっては売り上げを下げることになる、罪作りなおつまみだが、おれのせいじゃないから知らんよ。