48 名店酒風景シリーズ その4「節子鮮魚店」
古本の仕入れで那覇に行った。生まれて初めての沖縄訪問である。3泊4日の旅。
といっても、およそリゾート的な物事にまったく興味がない性格なので、滞在している4日のあいだ、いちどもビーチへ出掛けるようなことはしなかった。
そのかわりに何をしていたかというと、連日の古本屋めぐりと、あとは酒びたりの食生活だ。沖縄という土地は、食い物がうまいのは当然のことながら、飲酒にまつわる環境が予想していた以上に優れていた。まるで酒飲みのために造られた人工島なのではないかと思ってしまうほどに。
沖縄といえば、琉球料理の店をまず想い浮かべるだろう。店内BGMでは安里屋ユンタが流れ、琉球絣の着物をまとったおねえさんがお給仕してくれるような店。だけど、ぼくは沖縄に滞在しているあいだ、そういう店には一切眼を向けなかった。だって、それは東京にだってあるんだもの。
それよりも、ぼくが目指したのは単なる町の食堂だ。地元のおじさん、おばさんたちがメシを食いに足を運ぶ場所。住人たちの憩いのスポット。そういう生活感の中で飲みたかったのだ。
最初に見つけたのは、牧志の商店街にある「花笠食堂」という家庭料理の店だった。メニューの中にはゴーヤチャンプルも沖縄そばもラフテーもあるけれど、それ以外は東京にあるのと変わらない、ごく普通の食堂だ。もちろんビールも酒もちゃんとある(ただし、ビールはオリオンで、酒は泡盛)。
ここで何が嬉しかったかといえば、ビール+つまみ3品のセットがあることだった。その日のセットはオリオンの中瓶に、小鉢が3品(ラフテー、マグロ刺身、ミミガー)でジャスト1000円。これは実にいい。軽く昼飲みするのにピッタリ。わかっている人の設計だ。
沖縄というところは、こうしたセットを愛する土地柄なのか、これ以降、いろいろな食堂や酒場で同様のちょい飲みセットを目にした。ビールに飽きて泡盛を頼んだときだって、自動的にミネラルウォーターの入ったポットとアイスペール一杯の氷が出てきた。じゃんじゃん飲んでください、という無言のサービスだ。
沖縄の最終日、牧志にある魚市場の二階でも飲めることを発見して、ぼくは狂喜した。そのあと、さらに素晴らしいシチュエーションと出会うことになる。それが「節子鮮魚店」だった。
県庁前駅と牧志駅のちょうど中間くらい。国際通りから一本裏通りへ入ったところにあるその店は、一見するとよくある魚屋なのだが、店内にはテーブルと椅子もあり、目の前でさばいてもらった魚を肴に飲めるのだ。
ビールは散々飲んだし、泡盛もそろそろ飽きてきた。かといって日本酒というのも何か違う。そこで、この日にぼくが選んだのは白ワインだった。
東京から遠く離れた土地で、裏通りの魚屋さんの店先で、新鮮な刺身をキリリと冷えたワインでいただく。開け放した店内には、ときおり南の島の風が吹き抜ける。タイミングよく他には誰も客がいなかったので、この贅沢な空間をぼくがひとりで独占する。ラジオもテレビもない。ただ静かな時間だけが流れていく。
沖縄を発明した人はマジで天才だと思う。この店を再訪するためだけに、ぼくはまた沖縄へ行こうと思う。