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04 鉄板の隅の水飴作り

 悪戯気分で親父のビールの泡をもらうことはあったが、さすがのぼくも中学生までは日常的にお酒を飲むようなことはしていない。
 ぼくが通っていた墨田区立両国中学校は、江戸東京博物館のすぐ北側にある。といっても、ぼくが中学生の頃はまだ博物館など建っておらず、あの場所は国鉄(JR)の資材置き場だった。鉄骨や土管がゴロゴロ放置されていて、本当は立ち入り禁止だったのだろうけれど、ぼくらは気にせず入り込んで遊んでいた。棄てられていた仔犬を拾い、土管の中に隠して育てたこともある。給食のパンと牛乳を持ち帰って与えたりするのだが、何日かすると仔犬はいなくなっていた。

 ぼくの中学時代、友達とのいちばんの社交場はお好み焼き屋だった。遊び仲間の家が石原町(東京都慰霊堂の北東エリア)にあったので、その近くにある店に行くことが多かった。なんて店だったかな、名前なんて覚えていない。映画の『岸和田少年愚連隊』でチュンバと小鉄が入り浸ってるような小さい店だった。
 いまの自分は、お好み焼き屋に行けば200パーセント瓶ビールを頼むと思うが、無論、中学生がそんなことをするのは許されない。お金がないのでドリンクは水。たまにちょっと小遣いがあるときは三ツ矢サイダーを頼む。
 で、これをそのまま飲んだりはしない。飲んだらすぐになくなってしまう。
 どのようにするかというと、まずは鉄板の隅っこに少しずつ垂らす。焼けた鉄板の上で水分は沸騰し、泡立ってくる。するとどうなるか? サイダーの糖分だけが煮詰まって水飴になるのだ。それを、もんじゃ用のコテですくってペロペロと舐める。こうすれば長く楽しめるというわけだ。
 鉄板に水飴をこびり付けたままでは店に申し訳ないので、最後はコップの水をかけて洗い流す。無茶をしたらしたなりに始末をつけるところが、我ら中学生ながら偉かったと思う。

 当時のお好み焼き屋の価格設定は、だいたいどれくらいだったか。ごく一般的なお好み焼き──豚玉天が200円くらいしただろうか。当然、お金のないぼくらは滅多にお好み焼きを頼むことはなく、もんじゃでやりすごす。
 いま、月島あたりに行くとカマンベールチーズもんじゃ(1,500円)とか! 明太子もちチーズもんじゃ(1,600円)とか! 月島スペシャルもんじゃ(1,800円)とか! 冗談のような値段設定に驚かされる。いまやもんじゃは庶民の手から離れ、ブルジョアの食い物に成り下がって……いや、成り上がっているのだ。
 ぼくらが食べていたのは、薄めた小麦粉の汁にキャベツの端材を刻んだものだけが入った無印もんじゃ(50円)だ。小麦粉の汁がとにかく薄いので、なかなかおコゲにならず、その分いつまでもこねくりまして時間が潰せる。何しに行ってんだかわかりゃしない。

 すべての子供は甘党である、と言ったら言い過ぎかもしれないが、左党のぼくも中学時代は甘いものが好きだった。お好み焼き屋でたまの贅沢として頼む定番は、クロンボだ。はい、いま言っちゃいけない言葉が出ました。
 クロンボというのは、お好み焼き用の小麦粉汁にあんこが入ったもの。正しい焼き方は具なしのお好み焼きを作って、それであんこを巻くのだろう。実際、いまでもお好み焼き屋ではあんこ巻きの名でメニューに載せている店は多い。
 ぼくらはそうせず、小麦粉の中にあんこもかき混ぜてから焼いていた。そうすると汁全体が小豆色に染まって色合いもいいし、何より焼いた生地の隅々まであんこの味が行き渡って満足度が高まるのだ。酒飲みになったいまは(アイス以外の)甘いものなんて食べたいとは思わないが、クロンボだけはまた食べたいと、ときどき感じることがある。

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