46 赤星日記
少し前の回で「ぼくは酒の銘柄にはこだわらない」と書いた。酒なんて「酔えりゃいいんだ!」と吠えた。でも、ひとつだけ、それが出てくると嬉しくなってしまうものがある。
サッポロラガーの大瓶、通称「赤星」である。
赤星を愛好するのはぼくだけのことではなく、なぜか酔っぱらいに人気が高い。味がいいからだ、と言われればもちろんそうなんだけれど、ぼくみたいに「ビールなんかどれを飲んでも一緒だ」と思ってる人間さえもトリコにするのだから、きっと何か理由はあるはずだ。
赤星は、小津安二郎監督の『秋刀魚の味』で頻繁に画面へ映し出される。つまりはそういう時代感、そういう気分の酒という側面もある。いまは小売店での扱いがほとんどないため、家で飲むことは困難な銘柄になってしまった。そうした事情も、いっそう恋しさを募らせるのだろう。
小売店では買いづらくなってしまったが、銘柄として消滅したわけではないので、飲食店向けには流通している。したがって、それを置いている酒場へ行けばまだまだ普通に飲むことができる。都内だったら恵比寿の「こづち」、千住の「永見」、上野の「昇龍」あたりでは何も言わずとも赤星が出てくる。さすが、“わかってる店”である。
ある日。酔っ払い仲間と酒場を求めて、夜の京都を徘徊していたときのことだ。本当は目当ての店があったのだが、あいにくそこは休業中だった。途方に暮れたぼくらは、代わりを求めていくつもの店を見てまわった。
ふと見ると、店頭にデカデカと「赤星」の文字を掲げている店があった。これはひょっとして! と、ぼくらは一も二もなく店に飛び込んだ。そしてビールを注文する。だが、出てきたのはあの茶色い瓶ではなく、鮮やかなグリーンのボトルだった。
こ、これはハイネケン! たしかにハイネケンにも赤い星が描いてある……。
まさか、そんな罠があろうとは。元阪神の赤星がやってる店だったとか、そういうオチならまだ話の種にもなるんだが、これはちょっと意表をつかれた。いや、ハイネケンだって十分にうまいビールだとは思うが、いかんせん、その店はビールの冷やし方が甘く、我々の悲しみは倍増された。結局、その店では最低限の飲み食いをしたところで、もうこれ以上ぬるいビールなど飲んでられんわいと、早々に退散した。
こんな生殺し状態で宿に帰るわけには、いきませんわな。口直しでもしなけりゃ、やりきれませんわな。もう赤星にはこだわらない。どこでもいいから、とにかくキンキンに冷えたビールを飲ませてください!
さすがに店先で「オタクのビール、冷えてます?」なんて尋ねるわけにもいかない。それで、適当に見つけた鉄板焼きの店に我々は飛び込んだ。熱々の鉄板料理を前にすれば、少しばかりビールがぬるくたって相対的に冷たく感じられるだろう。そんな酔っぱらいの知恵だ。
そしてなんと、天に輝く赤いお星様は、我々を見放さなかった。
とくに望みなど持たずに入った鉄板焼きの店だったが、そこで出されたビールが、まさかのサッポロラガー赤星だったのである。よーし、いい酒場を嗅ぎ当てる勘は、まだ衰えていない!
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