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39 パクチーは色より三分濃い
ラズウェル細木さんの『酒のほそ道』シリーズは、言うまでもなく酒飲みエッセイ漫画の金字塔(いまなお建設中)だ。単行本は、ぼくがこれを書いている2021年の9月現在、第四十九集まで刊行されていて、12月には第五十集が出るという。
縁あってラズ先生とは酒友になり、最近は新刊が出るたびにご本人が送ってくださったりするのだが、それ以前のものはチェックリストを作っておいて、書店で抜け番を見つけてはコツコツ買い集めている。一話読み切り形式なので、第一集から順番に読む必要がないから気楽でいい。
我が家では、ランダムに選んだ数冊をトイレに常備しておくのだが、きっと同じことをしているファンは多いのではないか。トイレ読書にちょうどいいんだよね。快便のときは一話くらいしか読めないが、便秘気味のときは三話、四話と読み進めることができるので、それはそれでわるくない。
第三十五集を読み始めたところ、最初に収録されている「課長の威厳」というエピソードが、パクチーの話だった。課長さん、グルメを気取っているくせにパクチー苦手なんだね。
『酒ほそ』では各話ごとに、そのエピソードで取り上げたネタにまつわるコラム「ちょっと寄り道」が差し挟まれる。そこに、ラズ先生のパクチー初体験のことが書かれていた。
〈初めてパウチーを口にしたのは、20代の前半、友人に連れられて行った「台南担仔麺(たいなんターミー)」の担仔麺(タンツーメン)に入っていたやつ。/何気なく口にしたのだが、これまでに食べたことのない香りに驚いて、見事に嫌いになった。/その後、どういう経緯で転換したのかよく思い出せないのだが、今は大好きである。〉
これにはぼくも驚いた。パクチーの香りに驚いたのではない。ラズ先生がパクチーと出会ったシチュエーションとまったく同じものを、ぼくも経験しているからだ。
ぼくは、20代の半ばに少年ジャンプで「ファミコン神拳」の仕事を始めた。そのとき、担当編集者に連れて行かれたのが神保町の台南担仔麺だった。そこで担仔麺というものを頼み、上にのっているパクチーにやはりショックを受けたのだ。
「この香り……、便所の裏に生えてるぺんぺん草じゃん!」
編集さんのゴチなんだからそんなことは口に出さないが、あまりの匂いでちょっと食べられそうにない。こっそりスープの下に沈めて食べずに誤魔化したね。
が、それからも集英社での仕事の夜食として台南担仔麺はちょいちょい利用することになる。担仔麺そのものはすごく好きな味だったので、行くたびに注文する。で、怖いもの見たさ、不味いもの味わいたさで、パクチーをひとかじり。そんなことを繰り返しているうちに、気がつけばパクチーは大好物になっていた。
最初は嫌いだったものが、慣れるにつれて好きに変わることはよくある。長いこと苦手だった〆鯖が、あるきっかけで食べられるようになった話は、以前にも書いた。鯖どころか、子供時代は魚そのものが苦手だったのに、大人になって酒を飲み始めたら大好物に変わった。世の中そんなもんだ。
英語圏ではコリアンダー、タイではパクチー、中華ではシャンツァイ。いずれにせよ、アジア料理ではあくまでも薬味として使うもので、料理に入っていてもごく少量だ。
ところが、なぜか日本ではパクチーの人気が高いようで、居酒屋とかラーメン屋ではパクチーの追加トッピングをやっているところもある。なんなら、パクチーだけ山盛りにした「パクチーサラダ」を出す店もあったりする。
まあ、好きな人は好きなだけ食ったらよかんべえ、とは思うものの、ぼくは程々にしておきたい。……あ、パクチーサラダを最初にとって、以後、注文するつまみにそこからちょいちょいトッピングしていけば、まんべんなくパクチー料理が楽しめていいかもしれない! と、いま気づいた。
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