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79 選択肢が狭い
かつて一度だけ永福町・大勝軒の「おみやげラーメンセット」を買って帰ったことがある。店に行った人ならわかると思うが、あそこは店の奥におみやげラーメンの置き場があって、会計時には否応なしに目に入る。また、店内の壁でもおみやげラーメンが買えることを積極的にアピールしている。
いわゆる有名店の味を再現したカップ麺だったり、スーパーで売られている名店の生麺と違って、大勝軒のおみやげラーメンは、麺はしっかり草村商店のものだし、スープも希釈するタイプではなく店で出しているのと同じ状態のものが必要な量だけ袋詰めされている。だから、家で永福町の味が99パーセント再現できる実に素晴らしいものなのだ。
しかし、ひとつだけ問題がある。
大勝軒のおみやげラーメンを買うためには、永福町まで行かなければならない。そして、わざわざ永福町まで行き、大勝軒の店内に足を踏み入れておきながら、そこでラーメンを食べずに帰ることが可能だろうか? 最後の晩餐に大勝軒を選ぶほどのぼくにそんなことは不可能だ。
だけど、大勝軒のラーメンはご存知の通りデフォルトで麺が2玉入っている。どんなに空腹で訪れたとしても、食べ終えたらときには腹がパンパンだ。もうおみやげラーメンのことなんて考えたくもない。おみやげラーメンを買う気満々で訪問し、現場でラーメンを食べちゃって、食後にはおみやげを買う気持ちが綺麗さっぱり消えてしまったこと数知れず。
かくして、ぼくはなかなか大勝軒のおみやげラーメンを買うことができずにいる。
ところが! 少し前に、永福町・大勝軒が「おみやげラーメン」のネット通販を始めていたことを何かのきっかけで知った。それで1セット購入してみた。商品はさほど日をおかずにクール便で届いたが、その日は娘の帰りが遅い日なので、翌日の夕飯に家族3人で食べようということになった。
翌日。いつものように朝5時に起き、書きかけの原稿に手をつける。6時になったら仕事を中断し、炊飯器のスイッチを入れる。ごはんが炊けるのを待つあいだに、娘の弁当のおかずと家族の朝食の支度をする。そんな作業の合間にふと台所の隅へ視線をやると、大勝軒から届いた箱が置かれているのが目に入る。ふふふ、可愛いヤツめ。今夜は我が家が永福町だ。
その後、朝ドラを見ながら朝食を終え、娘を会社に送り出し、洗い物を済ませたらまた仕事に戻る。
10時までかかって〆切りの原稿を書き終えたら、その日の仕事はひと区切り。さあて、キンちゃんと昼酒でも飲りに行くか。
と、ここまでが今回の前置き。長かったね。
上野のガード下の安酒場でキンちゃんと昼酒を飲む。ロックやファッションやクルマなどの話に花が咲く。くだらない言葉遊びで盛り上がることも多い。それは幸せな時間ではあるけれど、そんなときでもぼくは脳の半分で別のことを考えている。このあとに食べる昼めしの問題だ。
キンちゃんとの昼酒を解散するのは、だいたい13:30から14:00くらいだ。そんな時間になると、たいていの個人経営の飲食店は昼休みに入ってしまい、ぼくのように厄介なこだわりの多い人間は昼めし難民になることを余儀なくされるのだ。
それでもまあ、いくつかは通し営業をやっている店もあるし、自分的好感度の高いチェーン店にまで対象を広げれば、行ける店がないではない。ニュータンタンメン、桂花ラーメン、神座、蒙古タンメン中本……。
いや、待て待て。今日は家で永福町のお土産ラーメン様が待っているのだぞ。ここで昼にラーメンを食ってしまうことだけは避けねばならない。となると、他の選択肢はCoCo壱番屋か、C&Cか、クラウンエースか……。
ここで「はっ!』と気づく。おれの選択肢ってカレーとラーメンしかないのかよ!
もうね、自分の選択肢の狭さに呆れてしまう。63年も生きてきて、思いつくのがカレーとラーメン。あとはせいぜい牛丼と回転寿司くらいか。まるで学生の食生活ではないか。
前回チラリと触れた「未体験つぶし」に倣うなら、これからはもう少し食生活の幅を広げていきたい。ハンバーガー(マクドナルド)とか、天丼(てんや)とか、なんならたまには贅沢して鰻丼(宇奈とと)とかも気軽に食べようじゃないか。
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