01 即席ラーメンに育てられた男
子供の頃からとにかくラーメンが好きだった。
生まれ育った家の三軒ほど隣に、いわゆる町の中華そば屋があって、そこで食べるラーメンも大好きだけど、子供なので自分一人で行くわけにはいかない。お金もない。だから、日曜日なんかに親父がビールを飲みに行くときにくっついていき、ラーメンを食べさせてもらう。
あるいは、お昼や夕飯にその店から出前をとることもある。そういうときもぼくは当然のようにラーメンを選ぶ。
東京の下町だから、味は普通の正油味。醤油じゃなくて「正油」と書いてあるのがいい。具はメンマとほうれん草とナルトと海苔。
とはいえ、店のラーメンを食べられるのは贅沢なこと。月に1回か2回あるかないか。でも、ぼくのラーメン欲はそんな程度では満たされない。そこで、家の台所にある乾物入れを開ける。そこには即席ラーメンがいくつか常備してあるのだ。
外での遊びから帰ってきても、うちは共働きだったから日が暮れるまで母は帰ってこない。腹ペコのぼくは夕飯まで待てないので、即席ラーメンを勝手に作って食べる。
子供のやることなので、具なんか入れない。入れる知識もない。ただ鍋で煮て、粉末スープを溶き、どんぶりに移すだけ。あとはテレビなんか見ながらひたすら啜る。
母に内緒で食べているので、食べ終えたら鍋とどんぶりを綺麗に洗い、布巾で拭いて元の場所へ戻して、何事もなかったように偽装する。見つかっても怒られるわけじゃないけれど、やはりちょっと後ろめたいのだ。そして、せっかくの偽装工作も、そのあとすぐにバレてしまう。なぜなら、超少食のぼくは夕方にラーメンなんか食べたら、確実に夕飯が入らなくなってしまうからだ。何度、母を呆れさせたことだろう。
茨城県の日立市に叔母(母の妹)がいる。当時、叔母さんはすでに結婚していたけれど、まだ子供がいなかった。そのせいか、ぼくのことを自分の息子のように可愛がってくれた。それで夏休みになると、ぼく一人だけがその叔母さんちへ1週間ばかり預けられることがよくあった。母も少しは楽がしたかったのだろう。自分も親になってみるとその気持ちがよくわかる。
で、叔母さんは自分の大好きな甥っ子が来たもんだから、大歓迎してくれる。ぼくが(文字通り)三度の飯よりラーメンが好きなのも知っていたので、ちゃんと買っておいてくれる。たくさんご馳走を作りたいおばさんは、「あきちゃん、本当にこんなのでいいの?」と困惑顔だ。
あるとき、もう鍋で煮るのすらじれったくて、袋から出した麺にそのまま粉末スープを振りかけてボリボリ食べるところを見て、びっくりされたことがある。まあそりゃそうだね。
ぼくの子供時代にあった即席ラーメンといえば、「サッポロ一番」「出前一丁」「チャルメラ」だ。この3つはいまでも売られ続けているのはさすが。エースコックの「ワンタンメン」、ハウスの「シャンメン」なんかも食べてみたことがあるが、味はもう覚えていない。
せんだみつおがCMをやっていた「ちびろくラーメン」は小さめの乾麺が6個入っていて、1個なら小盛り、2個なら並盛り、3個なら大盛りとして食べられる。ぼくは1個がちょうどよく、「これ一袋で6回も食える!」と驚喜したが、すぐに消えてしまったね。また食べたいな。
『オバケのQ太郎』には、ラーメンが大好きな小池さんという有名なキャが出てくる。初めて読んだとき、小池さんは袋から出した麺をドンブリに入れ、その上からヤカンでお湯を注いでいるのがすごく不思議だった。煮なくていいの? って。いや、乾麺をそのまま齧るお前が何言ってんだって話だけど。
当時はまだお湯を注ぐだけで食べられる「カップヌードル」は登場していなかったし、「チキンラーメン」も関東では売られていなかった(はず)。1984年に南伸坊さんがCMに起用されて、「♪すぐおいしい、すごくおいしい」のキャッチフレーズが流行ったあたりから、ようやく関東でも買えるようになっていった。
ぼくにとってチキンラーメンは、別の意味で画期的だったな。粉を振りかけなくても、そのまま齧れるから。ベビースターラーメンの大袋を手に入れたような気分で、よくボリボリ食べていた。いまでもたまにやる。でも、それって塩分摂りすぎなんだよね。ドンブリ一杯のスープを全部飲み干すのと同じだから。少なくとも高齢者になってもやるようなことじゃない。
そんな食生活の子供だったから、栄養が偏るのは当然のこと。しかも少食のせいで夕飯が食べられなくなったりするわけだから、子供時代のぼくは極端な痩せっぽちだった。
いつだったか、小学校の健康診断で校医の先生から「富澤くんは栄養失調の予備軍だよ」と言われたことがある。どんな食生活をしてるのか根掘り葉掘り聞かれて、仕方なくラーメンのことを白状すると、「そんなことやってると死ぬからラーメンやめなさい」と警告された。ラーメンやめますか? 人間やめますか?
ラーメンやめるくらいなら死んだほうがマシだと思ったぼくは、それからもラーメンは食べ続けている。いちおう、大人になってからはラーメンの頻度を減らしているし、スープも半分は残すようにしているから、いまのところ死なずに済んでいる。
ぼくにとって、ラーメンより危険なのはアルコールだろう。だが、それもいまのところやめるつもりはない。
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