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42 焼きおにぎりで飲む

焼きおにぎりが好きなのだ。偏愛していると言ってもよい。ぼくの好きな食べ物はいたってシンプルだ。熱くて、しょっぱくて、脂っこい。胃腸に厳しい食生活。

焼きおにぎりは亡き父の得意料理で(料理か?)、それがすべての基準となっている。「白いめし」を「丸く」握って、「カリッカリ」に焼いて、全面を「醤油」に浸し、「真っ茶色」になるまでふたたび焼く。これらの条件のうち、ひとつぐらい外れてもかまわないが、ふたつ以上外れたらもうそれは焼きおにぎりじゃない。

ぼくは、この焼きおにぎりを肴に飲むのである。飲んだシメに焼きおにぎり、というのはよく耳にするが、シメまで待っていられるか。店のメニューに焼きおにぎりがあるならば、とっとと頼んで、とっとと食いたい。焼きおにぎりは、その制作工程上どうしたって完成までに時間がかかる。だから早めに頼んでしまえ。

実は昨日、初めて入った酒場で、まことに感動的な焼きおにぎりを見た。今回は、オチもへったくれもなく、その調理過程をつぶさに描写するだけにして、このエッセイを終わらせたい。

まず「焼きおにぎり4丁〜」と、客からの注文が入る。

ぼくが座っているのは、もつ焼き屋の焼き台の横のカウンターだ。ここから厨房の中までは見えないが、奥でおにぎりを握っているのだろう。少しして、皿に4つのおにぎりが乗せられて出てきた。形は大振りの三角。我が家の焼きおにぎりが丸いのは、その方が握りやすいからという理由なので、この店が三角なのはむしろ手間をかけている証拠だ。

焼き台を担当する店員さんが、おにぎりをトングでつかんで金網にのせていく。網の下では、炭火が赤々と燃えている。おにぎりが網に焼き付かないよう、適度なタイミングでひっくり返していく。焼きおにぎりでいちばん難しいのはここだ。放っておくと焦げつかせてしまうし、頻繁にいじくりまわすと形が崩れてしまう。

この店では、サラダ油を効果的に使っていた。焼きながら、油を刷毛に付けてちょいちょいおにぎりに塗っていたのだ。最初に見たときは「それはどうなの?」と疑問に思った。油を塗るのはあくまでも金網の方にとどめておかないと、おにぎりがギトギトになってしまうだろうから。

ただ、焼き付きを防ぐにはたしかに効果的だ。このことがどのような結果につながるのか、不安よりも好奇心が勝ったぼくは、黙ってなりゆきを見守る。

時間にして15分ほど経っただろうか。白いめしの表面にいい感じの焼き目があらわれてきた。何よりもポイントが高いのは、ちゃんと側面を焼いていることだ。ここを手抜きする店は多い。

店員さんは焼きあがったおにぎりをトングでつかむと、醤油を張った皿にちょいと転がして醤油をまぶす。この段階では、まだ醤油の香りはしない。ところが、そいつをふたたびトングでつかみ、焼き網にのせた途端、焼きおにぎりは全身から一気に焦げた醤油の香りを放ちはじめた。

鼻孔をくすぐるこの刺激。飲める! この匂いだけで飲める!

その後、店員さんは醤油まみれのおにぎりを金網の上で転がしながら、絵筆……じゃなかった刷毛を醤油用のものに持ち替えると、色むらのあるところにちょいちょいとタッチを加えていった。

こうして、見事に全身真っ茶色な焼きおにぎりが完成した。マグマ舌のぼくはふうふう冷ますようなことはしない。即座にガブリといっちゃう。口の中にひろがる醤油の香ばしさと米のうまみ。醤油をケチっていないのがいい。

咀嚼していて気がついた。あの、焼き付き防止のために塗っていたサラダ油が、醤油と混じりあってなんともいえないコクを醸し出している。そのせいで表面がカリッカリとはならないが、このコクはそれを補って余りあるものだ。酒の肴として十分に通用する。

「米で飲む道(コメデノムドウ)」、実に奥が深いな。

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