29 原稿用紙の横に酒を
ぼくは1985年の12月にフリーライターになった。それ以前は、製図会社に所属してバイクの分解組立図なんかを描く、ごく普通のサラリーマンだったのだ。ところが、ある同人誌と出会ったのをきっかけに、文章を書くことの魅力に目覚めてしまった。製図士をやめてライターになりたいと思ってしまったのだ。
その雑誌は音楽評論をテーマにしたもので、常連執筆陣の書く文章はどれも新鮮で、おもしろかった。自分も先輩達のような文章を書いてみたいと思い、ひたすら投稿を続けた。やがて少しずつ掲載されるようになり、編集部にも出入りする回数が増え、いつの間にかスタッフとして活動するようになった。
アマチュアライターの活動を一年ほど続けた頃、知人の紹介で商業誌から仕事の話が来た。投稿ではなくて、原稿の依頼だ。つまりプロとしての初仕事だ。うれしかったなあー。
プロデビューできることの悦びもあるが、それ以外に、もうひとつ愉しみがあった。それは、いつかプロの物書きになれたら真似しようと思っていることがあり、いよいよそれが実行できるからだ。
タイトルは忘れてしまったが、景山民夫が何かのエッセイに、毎日の朝の儀式について書いていた。まず、朝起きたら熱いシャワーを浴びる。そうして意識を覚醒させたら、台所でレッドアイを作り、これを飲みながら原稿に取り掛かるというのだ。レッドアイというのは、ビールをトマトジュースで割ったカクテル。つまりは“酒”だ。
物書きって、お酒を飲みながら仕事してもいいんだ!
目からウロコが落ちたなー。でも、そうかそうか、創作ってそういうもんだよな。むしろ軽い酔いが頭脳の思考を柔軟にさせて、様々なアイデアやいいフレーズが出てくるようになるんだろう。なにしろハードボイルドの主人公みたいでカッコいいじゃないか。ぼくもプロになったら絶対に真似してみよう!
当時まだ20代のぼくは完全にそう思い込んで、勝手に夢を思い描いた。
そして1983年。知人の紹介で、とあるムックに4ページ書かせてもらえることになった。テーマはキャンディーズとピンクレディーという2大ガールズアイドルの比較論だ。いまいち自信がなかったけれど、せっかく来た商業誌の仕事だからと、勇気を出して引き受けた。
朝起きる。熱いシャワーを浴びる。もちろん冷蔵庫にはビールとトマトジュースを冷やしておいた。そうして机の上に原稿用紙をひろげ、2Bのエンピツとステッドラーの消しゴムを用意する。その傍らには出来たてのレッドアイ。こいつを飲りながら原稿を書こうという算段だ。
30分後には、クカーッと寝てましたね。
無理! お酒飲みながら原稿書くの、ぼくには無理!(と、ハタチそこそこのぼくは思い知らされた。そして、50代も終わりを迎えようとするいま、毎日飲みながら原稿を書いているのだった。人生いろいろである)。
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