44 酒刑事
もしも自分が七曲署の刑事だったら。どんなあだ名を付けられるだろうか?
以前、ゲーム会社に勤務しているとき、雑談の中でそんな話題になった。テレビドラマ『太陽にほえろ!』では、赴任してきた新任刑事に対して、先輩がその刑事の個性や特徴をそのままあだ名にするという風習がある。それに倣って、自分や友人知人にあだ名を付けてみよう、という遊びだ。
刑事らしからぬ長髪で、拳銃を持った様子がマカロニウエスタンに出てくるガンマンのようだからという理由で「マカロニ」。赴任初日に上下ジーンズで登庁してきたから「ジーパン」。山登りが趣味だから「ロッキー」。スニーカーを履いてるから「スニーカー」……。どれも見たまんまである。
石原良純扮する水木悠刑事は、コンピュータを駆使しての捜査が得意なので……と、そこまで考えて、ゲーム会社に勤務するぼくらは、ハタと気づいた。
「だったら、おれたちも全員“マイコン”じゃねーか」と。
この遊びは、酒場で飲んでいるときにも、ちょうどいい話題となる。そう、酒場には、いろんな種類の酒刑事(さけデカ)がいるのである。
いつも燗酒しか飲まない奴は……「とっくり」。
まず、これを思いついた。燗酒から連想するなら、ストレートに「カンザケ」とか、「アツカン」とかでもいいのだ。でも、この「とっくり」という言葉が発する、いかにも七曲署にいそうな語感をわかってもらえるだろうか。
「おいとっくり、もう一本飲んで帰るぞ!」
ほら、露口茂(山さん)の声が聞こえてくるようだ。
いつもビールしか飲まない奴はなんと呼ばれるか。「ビール」じゃあんまりだ。「ラガー」はすでに七曲署にいた。「赤星」はちょっといいのではないかと思うが、特定のブランドに固定してしまうのは違うような気がする。
そこで思い付いたのが「ホップ」。どうだろう? いかにも酒の七曲署にいそうな感じがする。
ぼくはホッピーが好きなので、もしも内勤の警察官だったら「ナカ」、外回りをする刑事なら「ソト」と呼ばれるだろう。
「おい、ナカ。お前もたまにはソトに付き合え」
「ソトさんが言ってた容疑者、わたしの勘ではシロだと思うんです」
「いいや、あいつは絶対クロに違いねえ」
「それなら一丁賭けてみますか」
「──あいよ! シロのお客さん、クロのお客さん、それぞれナカソト一丁ずつで!」
なんのことだかさっぱりわからねえ。
酒の種類はこれくらいにして、つまみに目を転じてみよう。
着席するなり、とりあえずお新香を頼んじゃう奴は「シンコ」。これは関根恵子がやってたね。焼き魚を頼んで、骨だけ残して綺麗に食べる奴は「ナカボネ」。飲みに来たのに、いきなり焼きそばかなんか頼んで腹ごしらえをしようとする奴は「青海苔」。いや、それじゃちょっと気の毒なので「テッパン」はどうだろうか。
おでん好きは悩ましいところだ。ツミレ、ハンペン、ガンモ、バクダンと、いろいろあだ名っぽいものがあって目移りする。いっそ、おでんを総括するものとして「カラシ」なんてのはどうか。
魚といえば、くさやという干物がある。伊豆諸島の名物で、その特徴はなんといっても強烈な腐敗臭だ。発酵食品の常として匂いは強烈なのだが、食べてみるとクセになるうまさがある。ぼくがいつも通っている酒場のメニューにはないが、隣の店の名物がくさやの干物で、ときどきそれを焼いている強烈な匂いが隣店から漂ってくる。その匂いを嗅ぐたび、ああ、隣にくさや好きな客が来てるな、と思う。
もしもその客が刑事だったら……。
「またクサヤの野郎が飲みに来てるのか。あんな奴は……鼻曲がり署に左遷させちまえ!」