28 春の終わりにハナミズ酒
鼻水酒ではない。花見ず酒という意味だ。いまから書くのは、春が終わって夏がやって来る寸前のタイミングで、ぼくが楽しみにしていることについての話だ。
春になると、人は決まって花見をやろうとする。猫も杓子もだ。花がよく見える人気のスポットは競争が激しく、会社の若い者に前日の夜から場所取りやらせたりする。ああイヤだイヤだ。ぼくはこういう、自分が楽しむために必要な努力を立場の弱い者に代行させるというのが、どうしても好きになれない。
何がいけないのだろうか。部下を子分のように使おうとするその上司か? いや、罪を憎んで人を憎まず。その上司はただみんなと楽しく飲みたいだけなのだろう。そのこと自体は悪くない。じゃあ、悪いのは高圧的な上司に唯々諾々と従う部下の方か。そんなことはないよね。上司からの頼みを断れるサラリーマンなんて、なかなかいない。
本当に悪いのは……桜だ! 桜の花なんか咲くから人々が憎み合うんだ!
春になるとみんな花見花見と騒ぐけど、桜の花なんてそんなに見たいものだろうか? 花見でにぎわう公園へシラフで行って、ようく観察してみるとわかるが、花見客って言うほど花なんか見ていないよね。みんな飲んだり食ったりに夢中で、さらにはギター抱えて唄ってみたり、なかにはテーブル出して麻雀やってる奴もいる。何しに来てんだ。
花見の本質は「ポカポカ陽気の日に野外で昼間から酒を飲みたい」ということではないか。桜の花はそれを正当化する言い訳でしかない。ぼくにはそう思える。
東京都内での桜の見頃時期というのは、例年だいたい3月末から4月の頭くらいにかけてだろう。たしかにその時期は桜が満開になる。だが、それくらいの時期はまだ気温的には肌寒かったりすることが多い。いつかの花見では、集まったはいいものの、あまりの寒さにみんな立ち上がって足踏みしながら飲んでいたこともある。ぼくはそんな寒中水泳みたいな花見はイヤだ!
そこで考える。どうせ花なんか見やしないんだから、何もそんな寒い時期に外で飲んだりしないで、もっと暖かくなってから外に出て、気持ちよく飲めばいいんだ。5月とか6月にな!
週末に繰り出すのもいいけれど、ありがたいことにぼくはフリーランスなので、平日でも仕事がなければ飲みに出かけられる。場所はどこがいいかな、家と仕事場の中間にある上野公園か、以前住んでいて土地勘のある代沢緑道か。
とにかく、空いてるベンチに腰をおろす。コンビニで買ってきた缶ビールを取り出して、おもむろに栓を開ける。缶を袋に入れたままこっそり飲むのはいかにもアル中然としているので、袋から出して堂々と飲んでやる。えーい、グビグビグビッ!
春はとうに過ぎ去っているので、当然、桜の花など咲いていない。でもいいのだ。通り過ぎる人々の姿。これがいい肴になる。
あの人は右腕だけ日焼けしているから、クルマを運転する職業だろうか。あっちのカップルは手のつなぎ方がぎこちないぞ、まだ付き合いはじめて間もないな。とかなんとか、そういうことを考えているだけでひと缶空いてしまう。ときおり通りかかる女学生やOLさんは、眺めているだけでもどんどん酒が進むというものだ。ジロジロジロ……(おまわりさん、この人です!)
夏になったら、それはそれでバーベキューとか、キャンプとか、また別種の外飲みの楽しみがあるわけだが、ハナミズ酒は、春と夏のあいだにポンと咲く酔っ払いのための徒花である。
※写真は筆者の地元に生えているヘンな桜の木。
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