23 酒場のおしながき
初めて訪問した酒場での行動。まずは席について、飲み物を注文する。酎ハイがあるなら迷わずそれにするが、なければホッピーだ。ホッピーすらない場合は、瓶ビールにする。痛風の発作が出ないか気になるところではあるが、まあ、たまに飲むくらいは許してくれ。
飲み物を決めたら、次はつまみだ。たいていの居酒屋では、カウンターやテーブルにメニューが置かれているが、それを手に取る前に、まずは店内をぐるりと見渡す。いい居酒屋には、つまみの名前を書いた短冊が壁にズラリと貼ってある。これをひとつずつ見ていくのが、なんとも言えず楽しいのだ。
ほう、まだおでんがあるぞ。しかし、この店は具を選べないのか。白滝なんか入っていたら嫌だなあ。アジフライ、カキフライ……揚げ物って気分じゃないな。冷やしトマト、冷や奴、月見とろろ、あん肝……なんだい、冷たいものばっかりだ。あっ、鯨ベーコンがあるぞ。しかも500円! 安い! それだ!
これらの短冊が、礼儀正しく、等間隔に貼られた店は味気ない。斜めだったりひん曲がっていたり、あるいは所々重なるぐらいの勢いで貼ってある店の方が活気が感じられていい。
なんだよこの店、壁中が短冊で埋まってるじゃないか。すげえ品揃えだなあ、どれを頼んでいいか迷っちゃうね! なーんてウキウキしながら見ていくと、何度も同じつまみが登場するのに気づいてガクッとなる。かさを増していただけなのだ。それでも、貼り出しが少ない店よりは多いほうが嬉しくなっちゃうんだから、酔っぱらいというのはバカな生き物だ。
アメ横あたりの立ち飲み屋では、大きめの黒板やホワイトボードを掲げて、いまその時点で用意されているものを値段別に書き並べていたりする。新たなつまみが作られたら書き加え、なくなったら消していく。お品書きが“生きている”のだ。そういうスタイルもまた楽しい。
とあるもつ焼き屋の老舗では、壁に貼られた短冊が長いあいだ炭火の煙に燻されて、ほとんど文字が読めないほど変色していた。それがなんともいえない味となっていて、飲みに行くたびに、頼むつもりのないメニューの短冊をしげしげと見つめていたりしたものだ。
それが、数年前に場所を移して新装開店となった。店内はまっさらのピカピカで、壁の短冊も新たに書き直されたものに貼り替えられてしまった。
ところが、あの、味の沁みた短冊を惜しむ声が多かったのか、あるいは店主がちゃんとわかっていたのか、前の店からメインのメニューを6点だけ持ってきて、厨房のど真ん中に貼られていた。まるで御神体のように。
移転してからのことしか知らない客は、首をひねっちゃうだろうな。「あの焼き海苔みたいなのはなんだろう?」って。
こうした短冊はつまみを選ぶためのものだけど、本当はそれだけじゃない。見ているだけでも酒が飲める、これ自体がつまみでもあるのだ。