07 時速275キロで移動する酒
出張! ああ、なんといいう素敵な響き。出張!
ぼくみたいな自営業でも、年に数回は出張することがある。地方からトークライブの出演依頼があれば出掛けていくし、古本屋として仕入れ旅行にいくのも、出張の一種といえる。
会社勤めをされている方々にとっての出張は、そんなに楽しいものではないかもしれない。現地に着いたらすぐに取引先の会社を訪問しなければならないだろうから、行きの新幹線で酒を飲むわけにもいかないだろう。現地へ向かう車中のお楽しみは、せいぜいどんな駅弁を食べるか、くらいなもんだろう。
ところが、ぼくは自営業ですからして、現地に着いてもやることは古本屋を巡回したり、ライブハウスの出番までどこかで時間つぶすだけだったりで、誰にはばかることもなく酒が飲める。だから、つい浮かれ気分で行きの新幹線から飲んじゃうわけ。
平日の朝、出張ビジネスマンの皆さんに囲まれながら車中で飲む酒は、ザ・最高です!
ただし、現地に着くまでベロンベロンに酔ってしまわないよう注意も必要。自制心? 違う違う。現地に着いたら着いたで土地のうまいものを肴にまた飲むんだから、ここで酔い過ぎたらもったいないのよ、わっはっは。
「こっちは仕事だっていうのに、コンニャロウ朝から飲みやがって……」
周囲の皆さんのうらやましげな視線。いやいやどうも朝っぱらからすいませんねえ。でも、そんな罪悪感こそが、最高のつまみです!
窓の外をビュンビュン景色が飛んで行く。いまの新幹線は最高速度が275キロも出るんだそうですな。ということは、車中でぼくが飲んでるこの酒も、同じ速度だということになる。なんという速い酒! 275キロで高速移動する酒と、275キロで高速移動する酔っぱらい。日常的に飛行機に乗ったりはしないし、たまに乗っても機内では飲まないので、自分的には新幹線が「世界最高速の酒場」と言えましょう。
そんな高速酒場で飲む酒は、何がいいだろうか?
ぼくの場合は関西への出張が多いので、だいたい常に往路は東京駅発の新大阪駅行きになる。ということは、まず東京駅構内の「駅弁屋・祭」で弁当を買う。これまでは「深川めし」ばかり買っていたが、最近は酔っぱらいの間で「ビールにもピッタリじゃないかっ」と評判の「唐揚げざんまい弁当」を選ぶことが多い。そして缶ビールも。
ビールを飲み終える頃には、つまみがわりの弁当も空になっているだろう。ビールはどうも腹が張ってしまうので、後半(このあたりで浜松を通過)は缶チューハイに切り替える。東京駅でチューハイを買っておかなかったのはヌルくなってしまうからで、あわてて買わなくてもちゃんと車内販売が来る。ここで冷え冷えの缶チューハイを買う。
と、なんだかんだ楽しそうにやっているが、ここまでがまだ往路。そして帰路ではもうちょっと本格的に、ワインか日本酒で飛ばしていく。
ワインは飲みやすいカップ入りのものもあるけれど、それじゃ全然足りないので、ハーフボトルをチョイスする。グラスなんかなくても、売店で言えばプラスチックコップをくれたりする。おつまみは、酒に合わせてスルメとか豆とかチーズとか、なんでもいい。蓬莱の豚まんとかたこ焼きとか、その土地のうまいものを持ち込むのもいいね。
仕事にいくんだか、飲みにいくんだか、よくわかんなくなってるけど、車中で大声で騒ぐわけでなし、ひとり静かに飲んでるだけ。誰にも迷惑をかけてないのだからこれでいいのだ。ビュンビュン。時速275キロの酒場が、酔っ払いを乗せて西へかっ飛んでいく。