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理想の会社を目指して:JTC時代に感じた葛藤と挑戦への決意
JTC時代、私は数々の挫折や学びを経験した。その中でも心に深く残っているのは、会社という組織の冷徹な一面を目の当たりにした時のことだ。
人間的に好きだった上司が突然レールから外され、仕事ができて尊敬していた先輩が次々と心を病んで辞めていく。その光景を何度も目にした。彼らは決して怠けていたわけではない。むしろ、真摯に仕事に向き合い、会社のために全力を尽くしていた人たちだ。だが、その結果が「レールから外される」や「退職」という形で報われないことに、強い違和感を抱いた。
レールから外される上司たちの姿
JTC時代、私が慕っていた上司の一人がいた。彼は部下の気持ちに寄り添い、どんな時でも公正な態度で接してくれる人だった。部下たちのモチベーションを高めることに長けており、仕事の成果も十分に上げていた。
しかし、ある日、突然その上司は異動を命じられた。新しいポジションはこれまでのキャリアとは全く関係のない部署で、いわば「窓際」とも言える場所だった。理由ははっきりとは知らされなかったが、「上層部との意見の食い違いがあった」という噂が流れていた。
「意見を持つこと」が許されない風潮に、私は強い疑問を覚えた。上司がいなくなった後、職場の雰囲気は一変し、誰もが自分の意見を控え、事なかれ主義を貫くようになった。それでも会社は回っていく。だが、そこには以前のような活気はなかった。
病んで辞めていく尊敬する先輩たち
同じ頃、尊敬していた先輩たちが次々と退職していった。彼らは共通して「仕事ができる人」だった。高いスキルを持ち、会社の業績に大きく貢献していた人たちだ。それにもかかわらず、彼らは次第に疲弊し、心を病むようになっていった。
理由は明確だった。終わりの見えない残業、過剰なプレッシャー、そして人員不足の中での業務負担増加。会社は「利益を優先するため」という理由で、現場の負担を増やし続けた。その結果、最も頼りにされていた人たちが耐えきれなくなり、退職するという悪循環が続いていた。
ある先輩が辞める直前にこう言った言葉が忘れられない。
「自分が頑張っても会社は変わらない。壊れていくのは自分だけだ。」
彼の言葉は痛烈だったが、その時の自分には反論できなかった。
利益優先の会社の限界
会社が利益を追求するのは当然のことだ。それは企業が存続するために必要な条件でもある。しかし、JTC時代に目の当たりにしたのは、「利益」が社員の幸福を犠牲にして達成されている現実だった。
例えば、新しい製品の開発プロジェクトが進行中の時、予算削減のためにチームの人員が削られた。その結果、残されたメンバーにかかる負担が増し、納期に追われる日々が続いた。プロジェクトは最終的に成功したものの、メンバーの多くは疲労困憊で、その後の離職率が急増した。
「会社は存続のために利益を出すことが最優先」という理屈は理解できる。だが、利益を生み出す社員が幸福でなければ、その会社に存在意義はあるのだろうか?目的と手段が逆転しているように感じた。
会社というのは、ただ利益を追い求めるだけの機械ではなく、社員が生き生きと働ける場であるべきではないのか。
理想の会社を作るために
JTCでの経験を通じて、私は次第に「自分の理想の会社像」を考えるようになった。それは、社員一人ひとりが尊重され、働く喜びを感じられる場所だ。単に利益を追求するだけでなく、社員の成長や幸福を目指す会社。そんな会社を作りたいという思いが芽生えた。
その思いを実現するためには、自分が動くしかない。既存の組織の中で理想を実現することは難しいと悟った私は、「自分の理想の会社を作る」という挑戦を決意した。
挑戦への決意
起業という道は決して簡単なものではない。しかし、JTC時代に感じた葛藤や悔しさを無駄にするわけにはいかない。慕っていた上司や、尊敬していた先輩たちの無念を、自分の行動で少しでも晴らしたいという思いもある。
社員が働きやすく、成長を実感でき、心から誇りを持てる会社。それを作り上げることが、今の自分の目標だ。
JTC時代、理想を語ることすら難しい環境にいたからこそ、今、理想に向けて行動を起こす価値があると信じている。会社の存在意義とは何か。その答えを自分の手で示すため、挑戦を続けていく。