【2021知財Advent Calendar】「ワイン法入門編」

初めまして、弁理士のキャロと申します。

本日は、2021知財Advent Calendarの12/16(木)担当として、知的財産法としては一般に馴染みが薄い、いわゆる「ワイン法」について、その入門編をお届けしたいと思います。

1. はじめに

ここで、「ワイン法」とは何か?という点ですが、その前に何故、「ワイン法」が必要なのか?という点について。

一般的にワインは、ベースとなるぶどう品種やそのぶどう品種を用いた製造方法・製造したワインの貯蔵方法のみならず、そのぶどうが作付けされる土壌や栽培方法、その土地の気候などが相互に影響することにより、ワインの独特な個性が生まれます。

これらのワインの生産に関する物理的・生物的環境、栽培・醸造の相互関係により、その地域のワインの個性が特徴づ けられるという概念を「テロワール」といい、欧州の伝統的なワイン生産国において最も重視され、 土壌、地形・地勢、気候、風景、生物多様性もこのテロワールに含まれます。

そのため、世界各国のワイン生産国、特にフランス、イタリアやスペインを始めとする伝統的な欧州のワイン生産国では、生産したワインに関する上記のテロワールを重視し、フランスにおける原産地統制名称(A.O.C.:Appellation d'Origine Contrôlée)を始めとするいわゆる「ワイン法」を制定することにより、ワインの品質の基準となる「格付け」を保護しています。

2. 「ソフトシャンパン」から「シャンメリー」へ

ご存知かも知れませんが、フランスのシャンパーニュ地方で生産された発泡性ワイン以外は、「シャンパン」の名称を名乗ることが出来ません。

具体的には、「シャンパン」の名称を名乗るためには、①フランスのシャンパーニュ地方で生産されること、②そのシャンパーニュ地方で獲れたシャルドネ、ピノ・ノワール、ムニエのいずれか若しくは複数のぶどう品種を用いること、③瓶内二次発酵の製法により生産されること、の3つの要件を満たす必要があります。

かつて、我が国には「ソフトシャンパン」なる名称のノンアルコール炭酸飲料がありました。

しかしながら、1966年にフランス大使館が我が国外務省に対し、シャンパーニュ産発泡性ワイン以外の商品について「シャンパン」の文言を含む商品名の使用禁止を求められ、現在の「シャンメリー」(語源は「シャンパン+メリークリスマス」)に変更された経緯があります。

また、オーディオに詳しい方ならご存知かも知れませんが、かつてアンプ等のオーディオ製品には「シャンパンゴールド」なる名称の筐体色を揃えるものがありましたが、上記の事例と同様に関係者からのクレームを受けたか、または自主規制により、現在では「シャンパンゴールド」の筐体色の名称はほとんど見られなくなりました。

3.ワイン法の歴史


まず、ワイン法に関連する「地理的表示」について、WTO設立協定の附属書の一つであり、知的財産を包括的にカバーする協定(条約)である「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS協定:agreement on Trade-Related aspects of Intellectual Property rights)においては、「「地理的表示」とは,ある商品に関し、その確立した品質,社会的評価その他の特性が当該商品の地理的原産地に主として帰せられる場合において,当該商品が加盟国の領域又はその領域内の地域若しくは地方を原産地とするものであることを特定する表示をいう」(TRIPS協定第22条(1)(地理的表示の保護))と定義されています。

ここで、最初のワイン法であるフランスにおける原産地統制名称(A.O.C.:Appellation d'Origine Contrôlée)が初めて制定されたのは1994年のTRIPS協定ができる遥か前の1935年であり、それより先にチーズに関する「原産地保護に関する法律」が制定されました。

AOCの原点はブルーチーズのロックフォールが議会の布告によって規制された、15世紀に遡る。直接的にAOCの前身となった近代的な法の整備としては、1905年の「原料の偽装を取り締まる法律」、そして1919年5月6日に制定された「原産地保護に関する法律」がある。これは製品が生産されるべき地域や組織を特定したものであり、その後度重なる改訂が試されてきた。1925年にはこの法律に基づき、ロックフォールがチーズとしては最初のAOCを獲得している。

Wikipedia「アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ」

ワイン法については、上記の1925年に制定されたチーズに関するA.O.C.に遅れること10年、以下の通り、1935年に制定されたのが始まりです。

1935年7月30日、ワインの製造工程を管理する目的で、フランス農林省管轄の組織としてINAOが設立された。INAOは生産者・消費者・行政官の3者より構成される組織で、AOCの認定・運用などの業務を行っている。ローヌ県シャトーヌフ・デュ・パプ(Châteauneuf-du-Pape)のワイン醸造家にして老練な法律家でもあった Pierre Le Roy 男爵は、INAO設立よりわずか2年の後、1937年にコート・デュ・ローヌ(Côtes du Rhône)の名でAOCを獲得している。

Wikipedia「アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ」


当時のヨーロッパでは悪天候によるぶどうの不作により、フランスの有名なワイン産地が打撃を受けるだけでなく、有名なワイン産地を騙る模倣ワインが出回りました。

現在でも有名なワイン産地であるボルドー地方やブルゴーニュ地方などで生産されるワインを対象に、テロワールに基づく原産地表示を保護するため、原産地統制名称(A.O.C.)を制定したのが「ワイン法」の始まりです。

4.伝統的ワイン生産国と新世界(ニューワールド)におけるワイン法の違い

フランス、イタリア、ドイツ、スペイン、オーストリア等の伝統的ワイン生産国に対し、アメリカ、チリ、アルゼンチン、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ等のワインにおける新興国は、「新世界(ニューワールド)」と呼ばれ、ワイン法にも違いがあります。

ワインにおいては新興国に該当する我が国日本も、「新世界(ニューワールド)」の一員となります。

ここで、フランスでは、ワイン法としてここまで説明してきた最上級の保護法制である原産地統制名称(A.O.C.:Appellation d'Origine Contrôlée)の他に、下位の保護法制として地理的表示保護(I.G.P.:Indication Géograghique Protégée)があります。

A.O.Cは、2008年にEUの新しいワイン法であるA.O.P.(Appellation d'Origine Protégée)として登録されましたが、ワインのラベルに付される「A.O.C.+産地名」の表記は現在も認められています。

上記のA.O.Cには、フランスにおけるワインの最上級のカテゴリとして、原産地、ぶどう品種、栽培方法、醸造方法、熟成方法、ラベル表記等の各要素に関して、厳密かつ細分化された規定が盛り込まれています。

また、I.G.P.については、A.O.C.と同様にワインの名称自体が保護されていますが、上記の各要素に関する規定はかなり緩和されています。

なお、フランスでは、I.G.P.のさらに下位として地理的表示がないテーブルワインに相当するVin de France(フランスワイン)のカテゴリがあります。

このようにテロワールを重視する伝統的ワイン生産国では、上位カテゴリと下位カテゴリにワイン法が分かれることにより、結果としてワインの「格付け」が行われていることが多いのですが、他方、テロワールをそれほど重視しない「新世界(ニューワールド)」のワイン法の多くは単一カテゴリです。

例えば、アメリカでは米国財務省・酒類タバコ税貿易管理局(TTB:Alcohol and Tobacco Tax and Trade Bureau)が制定した「アメリカ政府承認ぶどう栽培地域」(A.V.A.:American Viticultural Areas)が唯一の、そして単一カテゴリの保護法制であり、伝統的ワイン生産国のフランスのように複数階層のカテゴリが存在しません。

我が国日本におけるワインの保護法制も現在のところ、「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」(地理的表示法)のみの単一カテゴリです。

5.おわりに

ここまで、「ソフトシャンパン」から「シャンメリー」へと商品名が変更された事例、ワイン法の歴史、伝統的ワイン生産国と新世界(ニューワールド)におけるワイン法の違い、を見てきましたが如何でしたか。

今回は「ワイン法入門編」ということもあり、紙面と時間の都合上、ワイン法と商標法との関係などの複雑な論点については割愛しましたが、機会があればご紹介したいと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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