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ぽかぽかな誕生日、1万円を握りしめて本屋に行く。

私は「今日、本屋に行く」と何ヶ月も前から決めていて、その手には1万円が握られていた。1万円と言ってもお札ではなく、「5千円分」の図書券が2枚である。本を買うためだけにしか使えないお金。これで、たらふく本を買いに行くのだ。

なぜ今日なのかといえば、それは私の誕生日だからで、本日の「爆買い」の一番の言い訳である。私は本が好きだけど、読むのが遅いのと収入が少なめなので、「本を買う」のは実はちょっとハードルが高い(と言いつつ、息をするようにAmazonのカートには入れてしまうが)。ただ、「いずれ読むぞリスト」の本の数はどんどん増えていて、ああ本が買いたいなあと思いながら毎日過ごしている気がする。

そこで数年前に思いついたのが、「そうだ!誕生日には本屋に行って好きなだけ本を買おう!!」というものだった。この日くらいは好きな本を、値段を気にせずに買いたい!だって誕生日だから!!!

「値段を気にせず」というのが結構、肝である。そこで登場するのが図書券だ。

図書券は、実は昔から大好き(おかしな利権が絡んでいないことを心から祈る)。たしか小学校の入学祝いで初めて叔父から図書券をもらった時、「これでどんな本でも買えるの?!すごい!!!」と感激した。別にお金と同じだし、なんなら図書券が使えない本屋も結構あるので範囲が狭まるのだが、「本のために使うしかない」という言い訳感がめちゃくちゃ好きだ。図書券にしてしまったら最後、もうこれで本を買うしかないんだお前は!という追い詰められた感じがいい。わかりました!本買います!と潔く本屋に飛び込むことができる。

だから私は、なにかの節目のお祝いなどには図書券をお願いする。クレジットカードのポイントなども、基本的にすべて図書券に交換する。「私は本気を出せばいつだって好きな本が買えるんだぜ」と、印籠のような図書券が財布に入っていると思うだけで、ニヤニヤできる。(はよ使え)

(はよ使え)と思った人は、本当に大正解で、財布に入れた図書券を大事に大事に溜め込んでしまうのが、私の悪い癖だった。そして昨年、財布を湖に落とすという悲劇が起きた。もちろん中に入っていた大事な大事な図書券もろとも……(大号泣)

大損失のショックから立ち直れずにいたけれど、今回、期限切れ間近のクレジットカードのポイントを、また懲りずに図書券に替えた。5千円分を2枚、合計で1万円分の「本を買うためだけのお金」が手元に届いた時、私はすぐさま使うことを決意したのだった。湖に落とす前に、使い切らねばならない!!!


そうして、迎えた誕生日。いざ本屋へ!!!買ってきてすぐに罪悪感なく読めるよう、ちゃんと午前中に仕事と掃除をしてきた。誕生日なのにえらすぎる。もう1枚、図書券をもらってもいいレベル。

近所の本屋という名の極楽浄土に到着したら、まずは深呼吸。よーし、本を……買うぞーーーーーー!!!!気合い十分!!!本屋を徘徊し始める。

手始めに、集めている漫画の最新刊、友人に勧められて買おうと決めていた本をまずカゴに入れる。6冊。ペースが早い、大丈夫か? しかし、本屋で“カゴ”を使う、それだけで幸福感がやばかった。ふはは、私は今から1万円分の本を買うのだ。

欲しかった本のなかには、店頭にないものもいくつかあった。だが、それでいい。欲しい本リストにあるものはいずれ必ず買うのだから、今日は本屋での出会いも楽しみたい。普段は「欲しくなっちゃうから見ちゃだめ……!」と、おもちゃ売り場で子どもたちを急かすのと似たような心境で通り過ぎる本棚の前を、これでもか!と往復した。溶けてバターになるかと思うほど汗をかいてしまった。

ぐるぐると本屋を回りながらなかなかに苦悩する。全部ほしい。けれど、私には1万円しかない。1万円もあるぜ!と思っていたけれど、そんなの笑っちゃうくらい全然足りなかった。もっとクレジットカードのポイントを溜めなければ。(違うだろ!)

ただ、厳選していく過程は、「今の私は何を読みたいのか?」と考える、とても豊かな時間だった。Amazonでは欲しい本をピンポイント&ワンクリックでぽいぽいカートに入れられる。それはそれで「店頭にありません」みたいなことがないので便利だ。でも、カテゴリ分けされた本棚、知らなかった作家さん、無数にある本のなかから「これが気になる」と手に取るものは、きっと今日の私と明日の私では違うものになる。

そうやって出会った本たちの中で、そういえばこの作家さん好きだった!というものや、このテーマ気になる!というものを厳選しながらカゴに入れていった。追加で4冊。

そろそろ潮時か……カゴの重みと火照る脳内でぼんやりと計算した合計金額を考え、レジに向かう。税別で記されているものが多いので、税金が入ったらちょっとオーバーしてしまうかもしれない。そしたら現金をちょい足ししてでも全部買おう。

お会計、9,636円也。

すごい!「ゴチになります」だったら、確実にゴチになれていた。図書券はほぼすっからかんだ。「配送もできますが…」と言っていただいたが、鼻息荒めにお断りした。全部このエコバッグに入れてくださいい!!!!!

どれから読もうかな〜とぽかぽかの陽のなか帰宅した。どうして本を買うってのは、こんなにホクホクするんだろうか。あー嬉しい嬉しいなあ!


私は産後、文字が読めなくなり、文章が書けなくなった時期がある。いわゆる「マミーブレイン」なのか、単純に疲れていたのか、よくわからない。けれど、記事を書こうにも言葉がうまく出てこなくて焦った。これはやばい、仕事を失う!と思ったけれど、個人的には「読めない」のほうがつらかった。「いつか読むぞ」リストだったはずが「もう読めないかもしれない」リストになってしまってこわかった。先輩たちに「私もそうだったよ〜」と言ってもらって少し安心できても、やっぱり次の瞬間にはこわかった。本が大好きで、いつだってストーリーに没頭できた私はもう帰ってこないのか?って、さみしかった。

ようやく、本当にようやく「あ、本読みたいかも」と思えるようになったのは、息子が生まれて2年ほど経った時だ。長かったなあ……。

読みたい気持ちとは裏腹に最初は集中力が続かなかったけれど、リハビリのように読むうちに少しずつ頭に入ってくるようになった。ただ字面を必死に追うのではなく、ちゃんと没入できる感覚。ああ、そうだそうだ。『もののけ姫』のオッコトヌシさながら「ああ戦士たちが……帰ってきたあ……続け!戦士たちい!」と泣けた。

最近は悩んだり落ち込んだりした時、一旦は本を開くことにしている。すると、今まで目に止まらなかった一文に救われたり、こんな表現があるのかと鳥肌が立ったり。今、私は「読書体験」をもう一度やり直している感覚がある。だから、やっぱり今日、本屋に行ってよかったのだ。そう心から思う。


読みたい本があって、それが買えて、読む時間がある。これはなんとも幸福なことだなあと思う。来年の誕生日も、同じことができるといい。次はもう少し小さな本屋さんを巡って、本を買いたいな。そして、できれば、誕生日じゃなくたって本をどんどん買えるようになりたい。特別感のある買い物もすごくよかったけれど、こんなにも自分がご機嫌になるならば、がんばって働いて稼いで、また本を買おうじゃないか。

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