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「はじめまして」はいつもクリスマス

「稀人ハンタースクール Advent Calendar 2023」に参加するために書いたエッセイ。カレンダーをクリックすると、「クリスマス」をテーマにした書き手のnoteを見ることができます。


2011年の冬、私はバカでかいスーツケースを持ってシカゴに降り立った。心臓と胃のあいだみたいなところが痛む。緊張している。これから2週間ばかし、彼氏(今の夫)の家族とクリスマスを過ごすのだ。

「冬のシカゴは信じられない寒さだから」と、夫に聞かされてビビった私は、ありとあらゆる冬服をスーツケースに詰め込んできた。ニッポンのテクノロジーを詰め込んだヒートテックはもちろん、ジャケットもダウンも、室内で履くためのフワフワの靴下も全部だ。

それを見た夫は腰を抜かして「なんでこんなに持ってきたの?!」と聞いてきたので、私は逆に聞き返した。「えっ寒いって言ったじゃん?!」

たしかに寒かった。その年は雪こそ降っていなかったけれど、平均気温は1.8℃。ただ、アメリカの住宅にはセントラルヒーティングという暖房があり、特に寒さに備えたシカゴの家の中はぽっかぽかで、フワフワ靴下は登場しなかった。裸足だったよ。でもさ、そんなの教えてくれなかったじゃない!日本の家は寒いんだもん!知らないよ!

と、まあ彼氏と不穏な空気で始まったクリスマスだったが、私の荷物が多かった理由は実はそれだけではない。そのクリスマスが、彼の実家に初めてお邪魔する機会だったことも大きい。「こんな格好でいいのかな」「お土産はなにがいいかな」「洗濯ばかり頼んだら悪いな」などと考えているうちに、荷物が膨れ上がってしまったのだった。

結局、私の緊張と心配の入り乱れた「はじめまして」は、彼の家族からの大きなハグで始まって、あっという間に家族の一員として迎え入れてもらったような気持ちになった。夫の家族はみんな「もてなし上手」で、おもちゃ箱のようにぎゅうぎゅうに詰め込んだ"クリスマス”を用意してくれていた。

本物の木のクリスマスツリーを部屋のなかで見たのは初めてだったし、丸ごと調理されたガチョウが出てきたときはビビった。クッキーで家を作ってキャンディで飾るのとか「本当にやるんだ!」と思ったし。

なかなか個性の出る外観。小道に砂利が敷かれているのが粋。

いわゆる『ホーム・アローン』で見たことあるやつ!みたいなものも楽しかったけれど、私にとっては彼の家族をよく知ることができたのが、もっと嬉しかった。

義母は料理が上手で、特にパイやキッシュなどのオーブン料理が得意なこと。普段は料理をしない義父だけど、代々伝わるクリスマスクッキーだけは彼が作ること。家族みんなで夜な夜なボードゲームをすることが、とても楽しいこと。

本当に本当に、たくさんの「はじめて」をもらった。そして私はそのたびに目を丸くして、「これはなに?」と聞いて、写真を撮って、はしゃいだ。

実際に家族となって、何度か一緒にクリスマスを過ごしていると、あの年は特別に気合いの入った「日本人の彼女にアメリカのクリスマスを体験させてあげたい」が詰め込まれていたことに気づく。

義父特製「ブランデー入りエッグノッグ」で信じられないほど酔っ払った。

付き合い始めたとき、夫に「好きな祝日はなに?」と聞いたことがある。

Thanksgivingと少し迷いながらではあったけれど、最終的にクリスマスが選ばれた。「なんで?」と聞いても、「Because Christmas is awesome!」としか返ってこなかったのが、会話を楽しみたかった私としては不服だったが(いまだにこういうことが起こる)、なるほど行ってみてわかったような気がした。言葉では伝えきれない、光や匂いや感情の起伏みたいなものまでを詰め込んだ”Awesome(最高)”なものがクリスマスなのだ。

これまで、私が好きな祝日は「正月」だった。別に大きなことをするわけではなくても、おばあちゃんちで大好きなお餅を食べて、みんなでお雑煮も食べて、駅伝見ながら栗きんとんをつまんで……と、とにかく呼吸をするたびに空気丸ごと「休みだ〜〜〜〜〜!!」とゆるみきった雰囲気が大好きだった。

ちなみに、彼の実家では、正月は意識しないと忘れてしまいそうなほど「普通の日」だった。日本同様にアメリカでも過ごし方は家族によってそれぞれだと思うけれど(花火をぶっ放してる家とかもあるし)、私たちはどこかから聞こえる花火の音で時計を見直して、「Happy new year」と言い合って、しずかに2012年を迎えた。

義理の家族お気に入りのクリスマス映画。私が「観たことない」と言ったら鑑賞会が始まった。

その後も、毎年というわけにはいかないけれど、夫と義実家を訪れるのはクリスマスの時期が多い。毎年のようにメンバーが増えていて、初めて姪っ子や甥っ子と会ったのもクリスマスだ。

中でも忘れられないのは、2017年。私の妊娠を隠しての渡米だった。その年は、オレゴンにある夫のゴッドマザーの家に集まることになっており、全員集合する機会は「妊娠発表」にもってこいだと思ったのだ。

みんなでわいわいとリビングで過ごしているとき、「今だ!」と夫と目配せを交わした。

私が突如「集合写真とろう」とカメラを構えて、こっそり動画をセットする。写真を撮ると思っている家族に、夫が「Hey guys, we have annoucement.…(実はみんなにお知らせがあるんだけど…)」と語り出すと同時に、義理の母と姉がぎゃあああああっと駆け出した。そこで夫ではなく、カメラを抱える私のもとにダッシュしてくるあたりで、夫には悪いが私の愛され具合がわかるというものだ(笑)

大人たちのあまりの興奮に、当時まだ2歳だった甥っ子が驚いて義姉の尻に噛み付いたところまでが、ビデオには収められている。

その後、娘が生まれ、息子が生まれ。クリスマスでのいろんな初めては、いまだに続いている。これからのクリスマスでは、どんな「はじめまして」が待っているんだろう!そう思うと、私の胸はサンタクロースを待つ子どものように高鳴って、師走の忙しさだって乗り越えられそうな気がするのだ。

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