自分が何をすべきかわからないということ

まんまだ。自分が何をすべきかわからないと思うというのは、いったいどういうことなんだろうか。自分が何をすべきかについて考える、それは大切なことだ。ただ、それについて考えすぎてもいけない。それについて考える時間が長いと、つまりは自分の存在価値について考えすぎるということで、その結末の1つのバージョンとしては抗不安剤服用だし、別のバージョンとしてはブラック企業だし。どちらにしてもロクなことにはならない。私は残念なことに過労死するまで働いてしまう人の気持ちも鬱病になる人の気持ちもわかってしまうような気がする。自分の存在価値を疑わずに済む、ということはそれほどに甘いのだ。甘いので、依存する。避けがたいほどに甘いのだ。

でも、人生は1か0かじゃない。甘さと苦さしか選べないわけではない。今までの人生振れ幅は大きかったけれど、思うに、何よりも大事なのはバランスだ。理性と感性、喜怒哀楽、それらをバランスよく組み合わせることが生きるということだし、それはアートだ。

自分のできることを、地道にやること。先が見えなくても、やり続けること。そうやって私は生きてきたし、これからもそうやって生きていく。向き合いたくないものだって、いつでもどんな時でも逃げていいってわけではない。もちろん、逃げてよかったときもあるだろう。でも、今私がやるべきことは、向き合うことだ。それがいま、自分ができることだ。

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